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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (25)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (25)なりませぬ節


 「会津の風土は、雪が創ったと言われています。
 人々は、1年の4分の1を、雪の中で過ごします。
 毎日、絶え間なく降りそそぎ積り続ける雪との、厳しい戦いが続きます。
 盆地がゆえに、春の訪れるまで、他の地域とは交流ができません。
 隔絶された環境が、長い時間をかけて会津の風土を育てます。
 どうにもならない自然との闘いが続いていくのです。
 そうしたことが、ちょっとした自然の変化にも感動をする
 会津の独自の気質を育てます。
 しかし、遊んでばかりいては生きられません。
 1人でも生きられません。
 人々が助けあわねば、生きてはいけない場所なのです。
 そのような環境が他の地方の人からは、なかなか理解ができない
 会津の「頑固者」たちを大勢、育てあげたようです。
 古くから伝わる言葉で、会津の土地柄を話す時に、
 よく引き合いに出される言葉があります。
 『会津の三泣き』というものです。

 1 移り住む人は、閉鎖的で頑固さから、よそ者扱いされて泣く。
 2 しばらくすると、心の優しさと、底知れぬ人情に触れて泣く。
 3 最後に、会津を去る時には、別れがつらく、離れがたくて泣く。

 ある新聞社の記者が、これを自分になぞらえて、

 1.辺鄙な土地に行かなければならないことで泣いたが、
 2.赴任してみると、徐々に会津の人たちの温かい人情に触れ、
   うれし泣きをし、
 3.数年後に会津から転勤で去る時には、去りがたくて泣いた。
 と、記事に書いたそうです。

 湯西川からやって来た小春も、慣れない土地でずいぶんと泣きました。
 日陰に落ちてしまった種は、持ち前の明るさと、精一杯の頑張りで
 立派に会津の地に根を張り、いまではものの見事に
 大輪の花を咲かせています。
 清子ちゃん。
 あなたのお姉さん芸妓の小春は、
 そうした年月を経て、今は見事に会津に根付いたのです。
 あら。そんなことを長々と話しているあいだに、
 小春がやって来たようですね。
 小春はもう、東山温泉には欠かすことのできない、
 鳴り物の第一人者です」


 『遅くなりました』と、当の小春が障子の向こうから声をかけます。
『什の掟 (じゅうのおきて)の披露が好評で、少々、
時間が伸びてしまいました。』
笑顔の小春が、三味線を携えて障子から現れます。


 かつての会津藩の男子は、10歳になると藩校の「日新館」に入ります。
入学前の6歳から9歳までの子供たちは、各自の家に集まり
心構えなどの勉強をします。
その際に学ぶ心得が、「什の掟」です。
「やっていけない事は、理屈ではなく、してはいけない」と教わります。


   一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
   二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
   三、虚言をいふ事はなりませぬ
   四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
   五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
   六、戸外で物を食べてはなりませぬ
   七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ


 ならぬことは ならぬものですと『什の掟』が締めくくられます。
これを元に東山芸妓衆が『なりませぬ節』として歌詞を現代風に変え、
さらに踊りも添えて、お座敷で披露をします。
軽快なテンポの伴奏に乗り、会津気質の「什の掟」を歌い上げるワケですが、
東山温泉という独特の場所柄もあり、多少の色っぽさが歌詞に
つけ加わえられています。


 もちろん正調の『ならぬ節』は当然のこととして存在をしますが、
場所柄ゆえ、場と空気の中で、歌詞も舞いも即興的に変化を遂げていきます。
民謡においての、即興の掛け合いの歌詞といい、カラリカラリと
下駄を鳴らしながら一晩中踊り抜くという熱い気風は、
会津地方における独特のものです。


 「その小春も、
 こちらに来てからいっそう艶に磨きがかかりました」

 舞の支度が整った市が、
しなやかな姿勢をとったまま秘密めかして笑っています。
竿の調子をとっている小春が、
『なんのお話でしょう?』と艶めいた流し眼を見せます。
『お前の、その、とっても色っぽい眼差しのことですょ』と、
市が即座にやり返します。
舞扇を手にした市が、所定の位置で正座を見せます。


 「会津といえば、什の掟の『なりませぬ節』。
 小春も応援に駆けつけてくれましたので、まずは
 舞のおひとつを披露いたします。
 本日は舞にはきわめて目の肥えたお客さまばかりが揃っておりますので、
 市もいつになく、相当に、気合などが入っておりまする。
 いえいえ、みなさまの前で本日舞が踊れるなどは、
 冷や汗どころか、実に、身に余る光栄です」


 シャンと、調子調べの1の糸が鳴ったあと、調律を終えた小春が
姿勢を正して伴奏の体勢につきます。
手元に舞扇を置き、丁寧な一礼を見せた市が、2の糸が鳴るのを合図に
ツッと立ち上がり、舞の準備に入ります。

 (あ。表情が、一気に艶やかに変わりました・・・・)
凛とした空気の中、先程までにこやかに微笑んでいた市が、
一瞬にして、妖艶な芸妓の横顔に変わります。
ゴクリと清子が生唾を飲み込んで見つめる中、市の女以上の
色香の舞が始まります。
物腰といい、所作といい、動くたびに頭の先から足の指先にまで、市からは
女の凄まじいばかりの色香が次々と、こぼれて落ちてきます。


(26)へ、つづく