小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

僕の居場所は君の隣(上)

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 

駅まで自転車をこぎながら、こう考えた。

手助けすれば侮られる。甘えていれば裏切られる。人にぶつかればにらまれる。とかくこの世は生きにくい。

大泣きする赤子を横抱きにして駅まで走る女性、その女性をにらむ中年男性。
おじさん、あなたにだって赤子だった頃はあるのですよと、僕は心の中で男性をいさめる。
信号が赤に変わった横断歩道を、いまだに杖をついて渡る老人、その老人に向かって短く車のクラクションを鳴らす若い女性。
お姉さん、あなたもやがて老いるのですよ。僕は冷めた目で車を見る。苛ついた運転手の想いを代弁するように、低い音を立てながらエンジンが作動していた。

月極め契約をしている駅前駐輪場の指定席に、愛車を突っ込む。隣にはすでに自転車が収められていた。見慣れた黒いママチャリ。乗り手の友を思い浮かべながら、僕は駅への道を進む。
無二の親友はここからホームまでのどこかをゆっくり歩きながら、僕が追い付くのをきっと待っている。

この世は生きにくい。生きにくいが、生きねばならぬ。「あなたには生まれてきた訳があるのよ」「果たすべき使命があるのよ」と言われ続け、それならいっちょ自分の使命とやらを探してみようかと思って今に至る僕である。
別に大会社の社長の御曹司だったり、世襲制芸能一家の跡取り息子だったりするわけではない。
父はサラリーマン、母はスーパーのパート。いわゆる中流家庭に生まれて育ち17年。この家庭に不満を持ったことはない。家族を疎ましく感じたり不理解に憤慨したりすることはあるが、今では感謝できる相手として尊重できる。朝、暖かい寝床から抜け出てリビングに行けば焼きたてのパンと湯気のたつスープがテーブルに置かれてある。サラダにはサウザンドレッシングがかかっている。僕はサウザンドレッシングが好きだ。姉が好むノンオイル青じそドレッシングは、ロースハムには似合わないと思う。

生きねばならぬ。それは辛いが不可能ではない。家族によって衣食住を保障され、毎日向かう場所がある。それは幸せなことであるはずだ。やがて別れるクラスメートになぞ、裏切られても蔑まれても嫌われても除け者にされても構わない。ただ一人、彼だけが僕の傍らにいてさえくれたなら、ほかには何も望むまい。

改札前を気だるげに歩む彼の後ろ姿に向けて、僕は走り寄った。ふと、彼が振り向いた。そして僕を見てただ一言、「おはよ」と呟いた。

「おはよう、貴也。早かったな」
「ぶっちゃけ寝てないんだよなぁ。のんきにネトゲやってたら真夜中にリーディングの宿題出てたの思い出して」
「今日は爆睡必至だな。宿題を徹夜で終わらせて授業に身が入らぬとはなんたる矛盾」
「関じいの声はいい感じの子守唄だからなぁ」
「道理だ」

僕は貴也の隣に立ち、通学鞄のポケットから定期入れを取り出した。ぴっ。改札が僕の進入を許す。今日も学校に行けと促す音だ。貴也と一緒ならどこにでも行ける、そう思う。

「お前は遅かったな、智輝。どうした?」

小首をかしげて貴也が問う。頭一つ分僕より背が高い貴也の可愛らしいしぐさに、僕は軽く嫉妬する。いわゆるイケメンが、いわゆるイケボで僕を気遣いながら、ふんわりと可愛いことをする。これを反則と言わずなんと言おう。

「睨むなよ、それが答えか?」
「あ、いや、すまない。
…そうだな、実はリーディングの宿題を朝方思い出して」
「慌ててやってから出てきたのか?そりゃ大変だったな」
「ああ。だから当たりそうな所だけしか見ていない。一種の賭けだな」

僕は今、小さな嘘をついた。「宿題見せて」と寄ってくるへのへのもへじ共に見せるためのノートは、すでに完璧にできていた。朝は頭が働かぬ。
一種の賭けはそんなことではなく、別のことですでに僕に小さな勝利の愉悦をもたらした。すなわち、「貴也が僕の足音を聞き分けるかどうか」。後ろから駆けよった僕の足音を彼は受け止め振り返った、それだけで僕は癒される。それはここにいていいのだと許されたようで、ぬるま湯のように心地よく僕を包んだ。
毎朝それを体感するために、僕は貴也よりわずかに遅れて駅に着く。早すぎても遅すぎてもいけない。それは案外難しい。

貴也といつもの満員電車に乗り込み、いつものように他愛ない話をしながら高校の最寄り駅まで運ばれる。ポイント通過の際揺れる所がございます、そのアナウンスの僅かあとにガタンと揺れる車内ではいつも、貴也の胸に僕の体が触れる。
…1ヶ月ほど前からか、貴也はそんなとき僕の背中をそっと支えるようになった。背中に回される温もりに、気づかない振りをするのも楽ではない。

1ヶ月ほど前、それは彼に恋人ができた頃とほぼ時を同じくする。貴也と同じクラスの少女の名を僕は知らない。背中までの長い髪を左右に分けて耳の下で結び、絶妙な長さのスカートからはすらりと細い脚が伸びている。細い肩と小さな顎、くるくると豊かな表情を作るつぶらな瞳をもつ彼女は、なるほど庇護欲をそそるだろう。
1ヶ月と少し前、少女は貴也に告白した。その日のうちに貴也は告白を受け入れ、それから貴也の放課後は彼女のものとなった。
翌日、淡々と貴也の口から報告された事実に、僕は悔しさと寂しさと落胆を感じたものだ。

そして知る。

僕は貴也に恋している、という事実を。

そうでなければ説明がつかなかった。二人の背中を見つめる時に覚える胸の痛み、少女に注がれる貴也の視線の柔らかさに感じる妬み、少女が差し出す手に応える貴也の広い手のひらを目の当たりにしたときに感じる苦い焦燥に。
嗚呼なんということだろう、僕は恋をしている。そしてその恋は、自覚したその日に破れた。というか、破れたことをきっかけに恋を自覚したのだった。

この恋心は封印するほかあるまい。今まで通り親友でいるためには、決して表には出してはならない。
心の中で誓いを改めたところで、頭上から声が降りてきた。

「智輝、大丈夫か?」
「え?あ、何?」
「なんかぼんやりしてるから。慣れない朝勉なんかしたから、エネルギー使い果たしたんじゃねぇの」
「ああ…すまない。エネルギー切れじゃない、少し回想に耽っていた」
「そか、エネルギー切れじゃないならいいや」

貴也の隣で貴也のことを考え、それを本人に不審がられるというのは、なかなか恥ずかしいものだ。しかし嫌ではない。照れ笑いにならないように気を付けながら、僕は貴也を見上げて小さく頷いた。

駅に着くとたくさんの乗客を飲み込んでは吐き出す車内で、人波に飲まれそうになるたび貴也が僕の腕を支えてくれる。気を付けろよ、庇うように身を屈めながら囁く声に、ああ、なんて返しながら秘かに喜ぶ。
たとえそれが彼女と僕を重ね合わせたしぐさなんだとしても。胸の痛みは気のせいだと言い聞かせながら。


恋人が知らない貴也を、僕はまだたくさん知っている。家では上半身裸なんだとか、秘かにネトゲが趣味だとか、姉貴には頭が上がらないとか。
それは僕に小さな優越感をくれる。恋人より僕の方が付き合いはずっと長くて、同性の親友だからこそ明かし合った秘密があるというそれだけが、自分の存在意義となって僕の居場所を確保する。
作品名:僕の居場所は君の隣(上) 作家名:瑠璃花