冬の幽霊
しばらく墓地を歩いていると、突然、大きな音が聞こえた。すわ、ラップ音か? と思ったが、どうも、音色がアルペンホルンにしか聞こえない。やがてヨーデルの歌声まで聞こえてきた。
「ぼ~くらは、よ~きな、ゆ~れいほ~、ゆ~れいひ~、だから、ゆ~れいほ~、
ぼ~くらは、よ~きな、ゆ~れいほ~、だから、ゆ~れい、ゆ~れい、ほ~、
さぁ、れいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれい
れいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれい
れ~い~ひ~ぃ~、
れいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれい
れいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれい
ゆ~れい、ゆ~れいほ~ 」
「だ、誰だ? 出て来い! くだらんイタズラしやがって。久米か? 佐藤か?」
「出て来いシャザーン。ハイハイサー」
という声とともに現れたのは、頭に白い三角の鉢巻きをして、白い着物を着て、両足が何やらモヤモヤと消えている、とても分かりやすい幽霊だった。
「ざーんねんでしたー。歌っていたのは、この私。本物の幽霊でーす」
「本物の幽霊がヨーデルなんか歌うのか?」
「まぁまぁ、それは、挨拶代りのご愛嬌ということです」
「よー、分からん」
「さーて、ここで問題です。イエスか、ハイで答えて下さい」
「肯定の選択肢しか、ねーじゃねーか」
「私は、地縛霊である。〇か? ◎か?」
「……お望み通り答えてやろう。イエス!」
「ブッブー、違いまーす。私は、冬の幽霊だけに、浮遊霊でーす」
「はいはい、気が済んだら、迷わず成仏して下さい」
「あーん、いけず~。せっかくだから、一緒に遊んで行って下さいよ~」
「……遊ぶって、何やって遊ぶんだよ」
「もちろん、サッカー! って、私には、足がなかったんだー」
「即刻、迷わず成仏して下さい」
「まぁまぁ、急いては事をし損じる、ってね。昔の人は、いいこと言うね」
「……事って何だ?」
「さぁ、ここで、あなたに素敵なプレゼント。幽体離脱を体験してみませんか?」
「幽体離脱?」
「そぅそぅ、めったに体験できるものじゃあないでしょう? 気持ちいいですよ」
「……気持ちいいのか?」
「それは、もう、ふわっふわですよ」
「……やってみようかな?」
「そうこなくっちゃ。そうと決まれば、善は急げ。早速やりましょう」
そういうと、幽霊は、俺の背後に回り込み、背中から俺の身体に入り込み、俺の魂を押し出した。
「おおっ、確かに、ふわっふわだ」
「そうでしょう? ……じゃあね、バイミー」
「えっ、ちょっと待て! 俺の身体を返せ!」
「やっだよ~ん」
俺の身体は、一目散に逃げて行った。もちろん、俺は、急いで追いかけたが、ある地点に到達すると見えない壁に阻まれているようで、その先へ行けなくなった。
「言い忘れていたけど、君は地縛霊だから、そこから離れられないよ~ん」
「あっ、てめぇ。さっき地縛霊じゃなくて、浮遊霊だって言ってたじゃねぇか」
「地縛霊は、浮遊霊の一種だよ~ん。ウィキペディアにも書いてあるよ~ん」
「返せーっ! 戻せーっ! 俺の身体ーっ!」
俺は、あらんかぎりの声で叫んだが、あっという間に、俺の身体は見えなくなった。
「……仕方ない。ヨーデルでも練習するか。
れいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれいれい
あれ? 意外と難しいな。あいつ、あんな声が、よう出るなぁ」