赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (18)
人口12万人の会津若松市の中心地から、車でわずか10分。
鶴ヶ城から南東方向に、約3km。会津若松の奥座敷と呼ばれている
東山温泉には湯川(ゆがわ)沿いに、20軒以上の温泉宿とホテルが
密集をしています。
湯量は毎分1,500リットル。現在でも芸妓が活躍しており、
「からり妓さん」と名乗り古い歴史を誇る温泉街に、華やかな
彩(いろど)りを添えています。
東山は今から約千三百年前に、
名僧・行基によって発見された温泉です。
東北地方で最大と言われた芸妓の街は、昭和30年代に繁栄の
最盛期を迎えています。
その当時には、200名を超える芸妓衆が居たと言われています。
しかしご多分に漏れずそれ以降は、置屋も芸妓もその数を徐々に減らし、
いまでは20数名の芸妓衆が長年の粋と、技と文化の名残りを、
今日に伝えています。
からりからりと下駄の鳴る音に
風情があったので、『カラリ』と名付けられたという説もあります。
しかしここでは、年少芸妓のことを指しています。
芸者としてまだ一人前になっていない若い芸妓や、芸妓見習いとして
花街のお座敷に出ている少女たちのことを総称して
『カラリ妓さん』と呼んでいるのです。
肩揚げや袖揚げを施した振袖の着物に、
赤系統の刺繍の半衿を付け、ぽっくりの下駄に、少女向きの日本髪
(桃割れ、唐人髷、結綿、割れしのぶ、おふくといった髪型)に、
花かんざしを装着した、いかにも幼さを強調したいでたちが、
年少芸妓の大きな特徴です。
関西では「舞妓」と呼んでいますが、それ以外の地域の花街では、
「半玉」と呼ぶのが一般的です。
山形県の酒田では、若手の社員芸妓たちのことを「舞娘」と呼んでいます。
若手芸妓たちのことを「きらり妓さん」(神奈川・箱根湯本温泉)
と呼んだり、ここの会津東山温泉のように、「からり妓さん」などの
愛称で呼ばれる地域もあります。
東山温泉に籍を置いている春奴母さんの2番弟子にあたる小春は、
鳴り物(三味線を除く楽器、笛と打楽器の総称)の、
押しも押されぬ名手です。
「約1300年前に行基により発見されたのが、
当地の東山温泉です。
江戸時代には、会津藩の湯治場として愛されながら、
奥座敷として大いに発達をしてきた、長い歴史を誇る温泉街です。
奥羽三楽郷 (上山温泉、湯野浜温泉) の一つで、
冬の景色が、最も似合う温泉地のひとつとも言われております。
文人や画人たちにも、こよなく愛されてきました。
竹久夢二は、3度もこちらへ逗留しています。
その時に描いた美人画が、旅館に残されていますし、
温泉街には、夢二が作詞した「宵待草」の歌碑も残されています。
手塚治虫が愛した地でもあり、3度ほど、
こちらで逗留をしています。
昭和34(1959)年の少年サンデーに掲載された、「スリル博士第4話」は、
ここで描かれたというエピソードが残されています」
『でもね、お母さん』と、ようやくお化粧を終えた小春が、
怒った顔で、くるりと一同を振り返ります。
東山温泉にほど近い小春のマンションでは、昼食会のお座敷に呼ばれている
ために、先程から小春が身支度の準備で、大わらわの
状態を続けています。
「来るなら来るで、前もってお電話などをくださいと、
あれほどお願いをしておいたのに。
それに一体なんなのよ。ウチの足元を、
ドタバタと駆け回るこの小猫たちは。
たまが来るだけならまだしも、真っ白のオマケまで連れて来るなんて。
もうお座敷まで、時間が無いのよ、
お願いだから、もう身支度の邪魔をしないでくださいな、2匹とも。
あんたたちは暇を持て余しているようですが、
カラリ妓さんは、お昼からのお座敷で、
とっても多忙なのです!」
「しかしねぇ。・・・・
『からり妓さん』と呼ぶのは、
あくまでも若い子たちの限定のことだ。
どう見てもお前さんには無理がある。
お前の歳なら、姐さんと呼ばれても差支えないだろう。
で、なんだい。東山温泉では昼間からお座敷など入るのかい?。
へぇぇ。小原庄助さんゆかりの温泉は、
やっぱりいまだに、豪勢だねぇ」
「だから。先程から何度も、
パックの観光ツァーだと申し上げています。
艶と粋でもてなすという企画物で、立方(たちかた)と
地方(じかた)の3人1組で、
東山温泉の芸風を、昼食時に楽しんでもらうというものです」
「なるほど。芸妓衆の宣伝とアピールには
もってこいの観光企画です。
で、昼間に観光客たちに披露する演目には、
どんなものが用意されているのさ?」
「1番目が、『愛しき日々』。
1986年に放送をされた「白虎隊の」主題歌です。
哀しく切ないメロディに合わせて、芸妓が舞い踊ります。
2番目が、『白虎隊』。飯盛山で壮烈な自刃をとげた16歳から17歳の
白虎隊の物語を、舞踏化したものです。
3番目は、会津の『なりませぬ節』です。
「ならぬことはなりませぬ」という会津藩に伝わる掟を
歌詞にしたものに、艶っぽい踊りを添えたものです。
あっ。また、うまいことお母さん乗せられて、時間を無駄に潰しています!
もう、制限時間がいっぱいです。本当に遅刻などをしてしまいます。
行ってきますから、あとは適当にくつろいでいてくださいね。
まったくぅ~。あ~あ、忙しい、忙しい・・・・
忙しいったら、ありゃしない!」
「どなたかの口ぶりに、
すっかりと似てまいりましたねぇ、お母さん?」
慌てふためきながら、あたふたと飛び出していく小春を後ろ姿を、
ふふふと笑って見送りながら、豆奴が、なぜかチラリと横目で、春奴お母さんを見つめています・・・・
※同じ芸妓でも、経験や場によって担当がわかれています。
お座敷で踊る役を「立方(たちかた)」といい、
三味線、唄、鳴りもの(太鼓、鼓)などの伴奏を担当する役を
「地方(じかた)」と呼びます。
めでたい宴席のお座敷では、唄と伴奏と踊りが一体となり
場をにぎやかに盛り上げます。※
(19)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (18) 作家名:落合順平