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触れたらきっと冷たいもの

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窓の外には満月がしぃんと佇んでいた。夜空は高く透き通り、星々の光が大気に瞬いている。秋の入口に差し掛かったこの季節、夜ともなればそれなりに涼しい。虫の声に耳を傾けながら私は縁側に寝そべっていた。
 学校から帰ってきてからここに来て、制服も脱がないままずっとそうしている。家に帰ってきたとき外はまだ明るかったが、いつの間にかこんな深い色に染まっていた。夕方から夜になる空のグラデーションが好きだ。明るい黄色から焼け付く赤、深い藍色に変わっていく様を眺めていれば時間はすぐさま過ぎてしまう。今日も日が落ちた。昨日と全く同じように。
 ぐぅ、とお腹がひと鳴きして、そういえば今何時なのだろうと時間の感覚が戻ってくる。家の中は真っ暗で、玄関の鍵も開けっ放しだ。今母が帰ってきたらなんて不用心なのかと怒られることだろう。こんな田舎に泥棒が出るとは思えないが、やはり都会育ちの母にとってはどこか落ち着かないのだ、そういった無防備さは。
 ゆっくりと立ち上がりその場に胡座で座ってみる。今まで寝そべっていた床は人肌に温かく、裸足の足裏から自分の体温が伝わってきた。これが誰かの、例えば私を好きでいてくれる誰かの温もりならよかったのにと、何とはなしに考える。
 夜空を見上げると月は明るく、縁側や家の庭をぼんやりと照らしている。庭には花が咲いていた。薄ピンクの、名前も知らない花だった。母が私が生まれる前に植えたらしいその花はいつでもこちらを向いている。微笑みかけているのだろうか。
 立ち上がって台所に行けば母が朝作って置いていった夕飯があるはずだった。冷蔵庫にしまわれていればレンジで温めて、ご飯をよそいで食卓につく。たったそれだけのことがどうしても面倒だった。人間である限り生存のための動作は常に付きまとう。それを面倒だと思う事自体が不幸の始まりだった。つまるところ私は不幸だった。
 馬鹿の論理だと人は言う。夕飯が用意してあって、どこが不幸なのかと。私だってそう思う。だけど何をするにも面倒だと感じるこの感覚を、どうして不幸だと言ってはいけないのだろうか。学生特有の甘えだとわかっているから腹立たしい。自分は一体どうなりたいんだ。
 優しく冷たい月影に、私の体は透明だった。この月明かりと一緒になって辺り一面に降り注ぎたい。害も得も何も生まない淡い光。それはきっとどこまでも透き通り、美しさがそこにあるだけなのだろう。
作品名:触れたらきっと冷たいもの 作家名:うろ