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ねぇ。その痛みはやっぱり、くるしいですか?

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飢(かつ)えている。
飢えている、どうしようもなく。
飢えを満たす術はある。それはとても極上のもの。
けれど引きかえに痛みを得ることも分かっている。

飢餓を満たして永久の孤独を抱えるか。
ささやかな幸せのためにこの飢えを耐え抜くか。
二つに一つ。どちらも痛みと安らぎがつきもの。


「……はっ……」

彼は自嘲を漏らした。仮にも神と――望んだことなどないが――仰がれる身だというのに、決断の一つもできない自分がおかしくて。

「……蛇神さま?」

彼のあとをついて来ていた少女が戸惑った様子で彼を呼ぶ。
だが彼は応えない。
少女は、彼を神と祀る村に住んでいた人間のひとり。しばらく前、人身御供として彼に捧げられた。
雨乞いのために。

「……」

雨が降っていないこと、そのために村人が困窮に喘いでいることは把握していた。
しかし彼はどうしようとも思っていなかった。
なぜならば村人は彼を神と崇めつつも祠の掃除ひとつせず、むしろないがしろにしていたから――少女を除いて。
たとえ望んだ立場でなくとも、そのような扱いを受ければ憤りもする。だから、見殺しにしてやろうと思っていた。
ただ一人、自分の祠を清め花を飾る少女だけは助けて。
なのに。

「あ、あの、蛇神さま……」
「黙って歩け。それができないなら帰れ」
「……はい」

なのに村人は土壇場になって彼らを頼った。彼が唯一慈しむ少女を犠牲にする形で。
祠の前で行われた儀式に、彼は怒りを通り越して呆れた。そんなに雨がほしいのならばくれてやろうかと考えた。
村を飲み込むほどの雨を。
けれど、少女が。

(……おまえが)

気負いも悲嘆もなく、一途に願ったから。
その顔を曇らせたくなくて、願いをかなえてしまった。
少女のために。

そしてそのとき使った強大な力が、今回の飢えに繋がっている。

気に入りの沼が見えるところで立ち止まると、彼はその場に座った。
少し離れたところで少女も彼に習う。
何かを言いたそうな視線が彼に注がれるけれど、完全に黙殺した。

雨の中、戯れに姿を見せたそのときから、少女は自分を食らうように請う。願いを叶えてもらえたから、村を救ってもらえたから。
その瞳には純粋な神への思慕だけがあって、彼は苦しくなった。妖と人である二人の想いが重ならないのだと、悟ったから。
少女が己を恐れないでいてくれることは唯一の救いだったけれど。

愛しているなどとは言わない。
告げることは即ち、答えを求めることだから。

重なることのない想いだけれど、それでも彼は少女に傍にいてほしいと願った。だから、食われることを望む少女を傍に置き続ける。
だが――飢えがやまない。
彼の本能が少女を食おうとする。それに抗うのはとても苦しくて。
最近ではどちらがよりましなのかとさえ考えてしまう。
他の餌を探すにも、少女以上に食いたいと思えるものなんてなくて。

(いっそ……)

いっそ、少女を食って、そのあとに。

「命を捨てるのもいいかもしれないなぁ……」
「蛇神さま?」

ゆっくりと少女を振り返る。
こんな風に少女を見るのは初めてかもしれない。

「なぁ……」

愛しているよ、お前のその声も。
花を飾ってくれるときの笑顔も。
叶うことならばずっと見ていたいよ。


(題/「微妙な19のお題」)