赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (16)
「だから。女3人が同乗するのはわかりますが、
どうしてたまと、隣の飼い猫のはずのミイシャまで
車に乗っているんですか。
聞いていません。あたしは。
たまの愛人まで一緒に連れて行くなんて」
会津西街道を東山温泉に向かってひた走る車内で、ハンドルを握っている
1番弟子の豆奴が、不服そうに口を尖らせています。
「愛人だなんてお前。口がすぎますよ。
たまもミイシャも、まだ生まれてから、たった半年足らずの子猫同士です。
色気なんかまだまだあるもんか。
遊び半分でじゃれているだけの、子供だろう」
「お母さん。
猫の妊娠というものは、生後5ヶ月から可能です。
早い場合は、4ヶ月目からできるといいます。
生まれてから12ヶ月が経つと、もう、人間で言えば
20歳前後の大人です。
ちなみに妊娠から出産までの期間は、2ヶ月ほどかかります」
「あら、まぁ、そうなのかい。詳しいんだねぇ、豆奴は。
へぇぇ・・・ずいぶん早生(わせ)なんだね、お前たちは。
子猫だとばかり思っていたら、もう、子供を作ることが
できる年頃なのかい。
そんなこととは露知らず、なにやらまるで、お前さんたちの
子作りのための旅行というような、
お膳立てを作ってしまったようですねぇ。うふふ・・・」
「笑い事じゃありませんてば。お母さん!」
「まぁまぁ、そうそう目くじらを、立てなさんな。
隣の女の子も今回は長くかかるようですし、母親も1ヶ月ほどは病院で
看病暮らしの様子です。
ミイシャを独りぽっちで、誰もいない部屋に
ほうっておくのも可哀相だろう。
連れてってあげようよ。枯れ木も山の賑わいと昔から言いますから、
旅は、大勢の方が楽しいに決まっています」
と、春奴母さんが、清子の膝でウトウトと眠りこけている2匹の様子を、
助手席から嬉しそうに振り返り、満足そうな顔で眺めています。
「お母さん。ネズミも子沢山で有名ですが、天敵の猫も
こちらも負けずに多産です。
1度の出産で、2匹から6匹を産まれますので、
油断などをしていますと、あっというまに家中が、右も左も、
猫だらけになってしまいます」
「へぇ。結婚もしていないし、
子供も産んでいないくせに、お前は猫に関しては、
妙にやたらと詳しいですねぇ。
もしかしたらお前の過去の愛人の中に、猫好きな男性でもいたのかい?」
「お母さん。後ろの席で清子が聞いていますので、
発言には、くれぐれも気をつけてくださいな。
だいいち大きなお世話です。
結婚をしないのも、子供を産まないのも、ぜんぶ私の自由です。
そういうお母さんだって、独り身のまんまで
過ごしているじゃありませんか」
「あたしゃ、お前さんたちを育てるために忙しかっただけの話さ。
断っておくが、言い寄ってきた男たちは、次から次へ山ほどおりました。
あたしだって女だよ。
この人とならと思う男の人の、1人や2人はおりました。
それなのに。あたしが女として一番脂の乗り切っていた良い時期に、
次から次へと弟子入り希望者が殺到してくるんだもの。
男とイチャイチャする暇なんか、忙しすぎて
頭の毛ほども無かったねぇ」
「そういえば、そうでしたねぇ。あの頃は。
ほら。例のアレ・・・・例の市さんとは、なぜ結婚をしなかったのですか?
脈は有ると睨んでいたのですが、やっぱり、事情が事情で
複雑すぎたせいなのですか?」
「市さんですか・・・・いましたねぇ、そんなお方が。
そういえばお前。久しぶりだから連絡をとっておくれよ市さんに。
会いたいよねぇ、もうあれから、
30年近くになるもの」
「誰なんですか、豆奴お姉さん。市さんというお方は?」
後部座席から清子が、運転席へ身体を乗り出します。
「お母さんにとって、訳ありのお方だよ。
正式には、市左衛門さんという名前のある粋なお方です。
でもねぇ、これがまた、笑えないほどの複雑な事情を、山のように
持っているお人なんだよ。
そうですねぇ。せっかく東山温泉まで行くんですから、
連絡をとってみましょう、
うふふ。なんだか、あたしまで楽しみになってきました」
と、豆奴も笑います。
「お母さん。どのようなお方ですか。市左衛門さんとおっしゃるお方は?」
「大事なあたしの戦友さ。
出会った時は、たしかにいい男だったけどね。
その後は修行の甲斐もあって、周囲も驚くほどの良い女に、
成長を遂げたという、会津の有名な芸妓だ。
結婚をしてもよかった思うくらいに、いい男でありながら、名芸妓であり、
あたしにとっての、かけがえのない戦友さ」
「え~ぇ。男から良い女に成長をした芸妓で、戦友?・・・・」
清子の疑問を乗せたまま豆奴が運転をする乗用車は、湯西川温泉から、
小春が籍を置いている会津の東山温泉を目指して、山道を
ひたすら走り続けます。
(17)へつづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (16) 作家名:落合順平