しんしんと雪の降る -宵待杜#07-
静かな部屋に暖炉の爆ぜる音が時折響く。
ふかふかの毛足の絨毯にぺたりと座り込んで、蜜月が絵本をめくっていた。
その横で、深景は椅子に深く座り込んで暖かい火の隣でぱちぱちという音を聞いていると、我知らずうとうととまどろんでしまいそうになる。
窓のすぐ傍では硝子を通して外の冷気が頬を冷やして、思わずひとつ分、暖炉に椅子を近づけた。
寒いのがとりわけ嫌いというのではないが、傍に暖かいものがあるとついそちらに寄ってしまうのは生物の本能かなと、とりとめもなく深景は考える。
本能のままにといえば、雛霞はすでに暖炉の前に置いたクッションに丸まって、すやすやと寝息を立てている。風邪を引かないように、その小さな身体にはブランケットがかけられていた。
そういえば、その本能にも反して、この寒い冬の夜、表に嬉しげに飛び出した大人もいたものだけれど。
ぼんやりと深景が窓から外を眺めて、今日はとりわけ寒そうなのにあのひとはまったくいつも元気だなどと思っていると、蜜月が椅子の手すりにちょこんと手をかけて彼を見上げていた。
「深景ちゃん、雪の降る音って聞いたことある?」
「え、何?」
「雪の音。しんしん、なんて音がするの?」
ほら、と蜜月は手にした絵本を広げてみせる。そこには、小さな兎が雪の中を歩く絵と共に、そんな記述がある。
「『しんしんと雪の降る夜』、ね……」
深景は、その絵本のページを親指でするりと撫でる。
「私ね、雪の音って聞いたことない気がするの。しんしん、って聞こえるのかな」
その表現を、擬態語ではなく擬音語として捕らえている蜜月は、わくわくとした気持ちを隠すことなく、その絵の中に降る雪を眺めている。
彼女の想像の中では、一体どんな音が鳴っているのだろう。
「聞いてみたいな」
ぽつり落とされた言葉に彼女に向き直ると、きらきらとその瞳が好奇心に輝く。
どうしたものかと、深景は窓の外を眺めた。月の光が雲にさえぎられてふっと翳った。
「深景ちゃん、聞きに行ってみよう」
深景の言葉を待ちきれなかった蜜月が、その手を深景に重ねた。軽く引かれる力に、深景は抵抗もせず椅子から立ち上がった。それでも小さなため息だけは落としてみる。
「そうだね……雪が降るのかはわからないけど、そろそろマスターたちも帰ってくる頃だね」
ぽんと蜜月の頭に手をのせる。
「迎えに行こうか。ちゃんと暖かくしておいで」
「うん!」
小さく微笑まれた言葉に、蜜月はぱっと弾かれたように駆け出した。
「コートとマフラー持ってくる! 深景ちゃんの分も!」
その長い金髪が奥へ消えるのを見送って、深景は暖炉の前の小さな天使にも声をかける。
「雛霞? 君はどうする?」
返事はない。
よく寝ているのを起こすのも可哀想だろう。彼女の場合は、置いていかれると怒るよりも眠りを妨げられたことに機嫌を損ねそうな子だから。
深景は、そっと雛霞をベッドへと運び込むと、暖炉の火を落とした。
ちょうどそのとき、去っていったときと同じようにぱたぱたと足音を立てて蜜月が戻ってきた。
「深景ちゃん、お待たせ」
はい、とコートを手渡される。それに袖を通すと、ぐるりと首にマフラーが巻きつけられた。背伸びして頭ぎりぎりの位置をマフラーが掠める。
「手袋もちゃんと持ってきたからね」
「蜜月の分もちゃんと持ってきた?」
「もちろんっ」
手のひらにはめたミトンの手袋を、顔の横に掲げてみせる。深景はその手をとって、蜜月を促した。
「じゃあ、行こうか」
ふかふかの毛足の絨毯にぺたりと座り込んで、蜜月が絵本をめくっていた。
その横で、深景は椅子に深く座り込んで暖かい火の隣でぱちぱちという音を聞いていると、我知らずうとうととまどろんでしまいそうになる。
窓のすぐ傍では硝子を通して外の冷気が頬を冷やして、思わずひとつ分、暖炉に椅子を近づけた。
寒いのがとりわけ嫌いというのではないが、傍に暖かいものがあるとついそちらに寄ってしまうのは生物の本能かなと、とりとめもなく深景は考える。
本能のままにといえば、雛霞はすでに暖炉の前に置いたクッションに丸まって、すやすやと寝息を立てている。風邪を引かないように、その小さな身体にはブランケットがかけられていた。
そういえば、その本能にも反して、この寒い冬の夜、表に嬉しげに飛び出した大人もいたものだけれど。
ぼんやりと深景が窓から外を眺めて、今日はとりわけ寒そうなのにあのひとはまったくいつも元気だなどと思っていると、蜜月が椅子の手すりにちょこんと手をかけて彼を見上げていた。
「深景ちゃん、雪の降る音って聞いたことある?」
「え、何?」
「雪の音。しんしん、なんて音がするの?」
ほら、と蜜月は手にした絵本を広げてみせる。そこには、小さな兎が雪の中を歩く絵と共に、そんな記述がある。
「『しんしんと雪の降る夜』、ね……」
深景は、その絵本のページを親指でするりと撫でる。
「私ね、雪の音って聞いたことない気がするの。しんしん、って聞こえるのかな」
その表現を、擬態語ではなく擬音語として捕らえている蜜月は、わくわくとした気持ちを隠すことなく、その絵の中に降る雪を眺めている。
彼女の想像の中では、一体どんな音が鳴っているのだろう。
「聞いてみたいな」
ぽつり落とされた言葉に彼女に向き直ると、きらきらとその瞳が好奇心に輝く。
どうしたものかと、深景は窓の外を眺めた。月の光が雲にさえぎられてふっと翳った。
「深景ちゃん、聞きに行ってみよう」
深景の言葉を待ちきれなかった蜜月が、その手を深景に重ねた。軽く引かれる力に、深景は抵抗もせず椅子から立ち上がった。それでも小さなため息だけは落としてみる。
「そうだね……雪が降るのかはわからないけど、そろそろマスターたちも帰ってくる頃だね」
ぽんと蜜月の頭に手をのせる。
「迎えに行こうか。ちゃんと暖かくしておいで」
「うん!」
小さく微笑まれた言葉に、蜜月はぱっと弾かれたように駆け出した。
「コートとマフラー持ってくる! 深景ちゃんの分も!」
その長い金髪が奥へ消えるのを見送って、深景は暖炉の前の小さな天使にも声をかける。
「雛霞? 君はどうする?」
返事はない。
よく寝ているのを起こすのも可哀想だろう。彼女の場合は、置いていかれると怒るよりも眠りを妨げられたことに機嫌を損ねそうな子だから。
深景は、そっと雛霞をベッドへと運び込むと、暖炉の火を落とした。
ちょうどそのとき、去っていったときと同じようにぱたぱたと足音を立てて蜜月が戻ってきた。
「深景ちゃん、お待たせ」
はい、とコートを手渡される。それに袖を通すと、ぐるりと首にマフラーが巻きつけられた。背伸びして頭ぎりぎりの位置をマフラーが掠める。
「手袋もちゃんと持ってきたからね」
「蜜月の分もちゃんと持ってきた?」
「もちろんっ」
手のひらにはめたミトンの手袋を、顔の横に掲げてみせる。深景はその手をとって、蜜月を促した。
「じゃあ、行こうか」
作品名:しんしんと雪の降る -宵待杜#07- 作家名:リツカ