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空を突く

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空を突く


 初めて見たインターハイの試合は、それはもう高度なものだった。どこの学校だって、そりゃあ実力者を出場させているんだろう。それは当たり前だったかもしれない。会場の熱気に充てられて、私は頬を高揚させながら必死に先輩の応援をしていた。
 天井の高い体育館のあちらこちらで、激しく打ち合う竹刀の張った音、裸足で踏み出す一歩一歩の高い音、一本! という声と審判の旗を振り上げる音、オーディエンスの声援と野次、勝利の歓声と敗者の慟哭、様々な音が混ざり合い、剣道試合は進んでいた。

 私はまだ公式試合には出させてもらえてない。まだ一年生だし、それでなくてもうちの高校はシード校のひとつである、つまりは、結構レベルの高い剣道部なのだ。そうそう簡単にはインターハイのような大会の選手には選ばれないだろう。全国全校が集まる高校高等学校総合体育大会のように、学校の矜持または見栄のぶつかり合う文字どおりの「大会」には。
 それに、私は剣道部唯一の女子部員なのだ、もちろん団体戦には出られないし、個人戦に出すにしても「絶対勝てる」くらいの実力がないと顧問は認めないだろう。ひとりで続けると言うことは、単純に強くなくてはならないのだ。
 シード校なので遅めの一試合目をストレートで終了し、空いた時間に、お手洗いへ席を立った。
 女子トイレには、剣道着すがたの女の子が大勢いた。誰もかれもがかっちりと髪を上げて、少し汗ばんだうなじがちらちらと見えていた。それを少し羨ましいと思いながら私は用を足した。
 入口付近の洗面台で手を洗っている時、鏡越しにポニーテールで少し背の高い女の子が、凛とした表情で、すごく綺麗な歩き方で、個室の方へ行くのが見えた。私は彼女の試合が見て見たくて、監督と部長に一声かけて、女子の個人戦の方へ行った。

 女子の試合は、男子のそれよりも凄惨である。私の感覚だけれど。女子は男子と違ってわかりやすい体格や力の差がない分、テクニックや精神で戦うのだ。一拍踏み出すのが遅かったら、それだけで一撃を食らう。牽制しながらじりじりと間合いを詰め、まばたきの差で勝負が決まる。その様子は、「凄惨」である。
 激しい打ち合いもある。面の下は目も当てられない。鬼女の如しか、半狂乱の羅刹。歯を食いしばりながら、メイクを汗で溶かしながら、渾身の一撃を打ちこんでいく。……そういう意味でも「凄惨」だ。ウォータープルーフで、面の下さえ完全装備の私には関係のない話だけれど。
 その中でも、彼女の試合は群を抜いていた。群を抜いて、凄惨。
 彼女は強かった。
 ずば抜けて強い。遠くから見ているのに、気迫が伝わってくるようだ。余りに強いせいで、他の女子の試合にあるような凄惨さはない。彼女の強さに、私はただ……私以外のオーディエンスも、試合相手さえも、圧倒されていた。その場を支配しているのは、紛れもなく彼女だった。
 他の女子とは違う。私は、ずっと、女子剣道にはテクニックと精神がある、それで試合を勝ち抜くのだと思っていた。だけど彼女は、どこまでも「力押し」の、捩じ伏せるような試合をしていた。勿論、テクニックもある。精神力だって、そこらの選手とは比べ物にならないだろう。それに加えて、男子剣道のような、パワーがある。力と力のぶつかり合いを彼女は求めていたのだった。そんな彼女の要求に、応えられるような女子選手はいない。悔しいけど、私だって。

 あっというまに、トーナメント戦の頂点に立った彼女は、少しの疲労も見せず、対峙した最後の試合相手を見詰めている。相手は、もう視線でもって彼女の息の根を止めてしまいそうなほど、鋭い眼光をしていた。あれは、明らかな敵意というやつだろうか。相手は、私でも知る剣道の名門校の選手だった。甲子園でいうところのベンチ、相手スタンド側には、それまでのトーナメント戦で、彼女にコテンパンにのされた道着の女の子たち(ブルトーザーみたいなのばっかり。あの体型でも、彼女のパワーには敵わないのか!)が、やいのやいの言って……叫んでいる。汗とか唾とか飛んでそう。彼女のスタンドには、誰もいない。私くらいしか。
 審判が立ち上がり、試合開始の宣告をした。

 彼女の構えが変わった。あんなの、見たことない。彼女は、視線ではなく、手にした剣で、相手を射抜こうとした。瞬間、だれもが息を詰め、静寂だけが横切る。ここだけ違う世界のようだった。すぐ向こうの試合ブースでは、男子個人戦が行われているのに。そっちは、絶え間なく野太い声と激しく打ち合う竹刀の音が飛び交っていた。ガラスの壁を隔てた、向こうの出来事に感じる。本当は、すぐそこなのに。
 文字通り、目がけて勢い良く繰り出された突きは、面を割り、竹刀を砕けさせた。相手が後ろに倒れ込む。叫び声が上がって、場内が騒然とした。彼女は、凛と立っている。審判がひどい顔をして、二人の間に入り、そのまま仰向けになって痙攣している相手選手の上半身を起こした。相手は顔をおさえている。もう一人の審判が、彼女に飛び掛かって抑え込んだ。彼女はうっすら笑ってる。こんなの見たことない。
 なんて女!
作品名:空を突く 作家名:塩出 快