赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま （14）
そもそも芸者というものはいつ頃から、生まれたものなのでしょうか。
歌や踊りで座を盛り上げる芸妓が、女性の職業として始めて歴史上に
登場をしたのは、平安時代です。
当時流行していた歌や踊りを披露する遊女の白拍子(しらびょうし)たちが
その前身にあたります。
源義経の恋人、静御前も白拍子です。
スイカンにエボシという男装で華やかに舞い踊り、世間を席巻しました。
源平のころに隆盛を極めた白拍子たちも、時代がくだり戦乱の時代に迎えと、
衰退を見せ始めます。
再び日本に平和が戻ってくる江戸時代になってから、歌や踊りなどで
客を楽しませる女性たちが、ふたたび世間に浮上してきます。
京都・八坂神社近くの東山地区。
神社や仏閣にお参りする人たちに、お茶やお菓子を振舞う
水茶屋(みずぢゃや)で、料理を運んでいた娘たちが、いつのまにか
当時流行り始めた歌舞伎を真似て、三味線や踊りなどを
披露するようになります。
この風習はまもなく江戸にも伝えられ、「踊り子」と
呼ばれるようになります。
こうした「踊り子」たちが、今日の芸者の原点と言われています。
歴史上にひとりの人気踊り子が登場をします。
江戸・吉原の遊郭、『扇屋』で活躍をした歌扇(かせん)という女性です。
彼女は踊りや歌、そして三味線を得意とし、巧みな話術で座を盛り上げます。
歌扇は、あっという間にお座敷の人気者として急成長します。
歌扇の影響のもと、吉原をはじめとして、様々な花街で芸に優れた
女性を置くようになり、これが今日の芸者システムへ
発展していくことになります。
芸者とは、唄や踊り、楽器などの芸で宴に興を添え、
盛り上げることを仕事とする女性たちの総称です。
関東では、一人前に仕事をこなす女性のことを芸者と呼び、まだ修行中の身で、半人前の女性のことを、半玉と呼んで明確に区別をしています。
京都においては、関東でいう芸者のことを芸妓と呼び、半玉は舞妓と
呼ばれています。
芸者は、「置屋」もしくは
「屋形」と呼ばれる店に籍を置きます。
そこから、「茶屋」や「料亭」などのお座敷に派遣をされていく仕組みです。
置屋は、現代における芸能プロダクションのような機能をしています。
芸者が自ら仕事をとることはありません。ほとんどの場合が
置屋のおかみを通し、仕事がまかなわれるシステムをとっています。
京都では全ての舞妓と芸妓の一部が、
置屋で共同生活を送ります。
たくさんの置屋や茶屋が集まって形成された街が、いわゆる「花街」です。
花柳界とも呼ばれています。京都には祇園や先斗町などをはじめとする、
5つの花街があります。東京では浅草や神楽坂、赤坂など、
6つの花街が存在をしています。
芸者という制度は、
遊郭という組織の中で誕生をしています。
しかし、生まれた当初から、いわゆる体を売るのが目的の
「娼妓」(しょうぎ)」たちとは、はっきりと区別がなされて、その
運用がされてきました。着物の裾の持ち方に、その違いを見ることが
できます。
太夫などの娼妓が、右手でお引きずりの裾をもって歩くのに対し、
芸者は常に左手で裾をさばきます。
左手で裾をもつと、あわせと逆になるために、着物の中に
手が入れられなくなります。
足の美しさを強調するために、娼妓は決して足袋をはきませんが、
舞を披露する芸者とって、足袋は必携品にあたります。
庶民にとっては縁遠い世界と思われがちな芸者の世界ですが、
実は私たちの生活の中にも、芸者の世界から生まれた慣習が
数多く含まれています。
例えば、「独立する」という意味でよく使われる
「一本立ち」という言葉。
「一本」とは、時計が無かった時代に
お座敷で時間を計るのに使っていた線香のことを指しています。
線香がまるまる1本が燃え尽きるまでの時間が、芸者の基本料金です。
そこまでお金が取れるようになれば一人前という意味から、一本立ちという
言葉が生まれてきました。
「乙な趣味をお持ちですね、」などというときによく使われる、「おつ」。
粋である、美しい、という意味で使われるこの言葉は、芸者がお座敷で弾く、
三味線の音色から生まれたものです。
三味線の高い音色のことを甲、低い音色のことを乙、と呼ぶことから、
心に響く渋いもの、という意味で使われるようになりました。
春奴姐さんが深川から湯西川温泉にやってきたのは、
今から３０年前のことです。
世話好きで面倒見の良い春奴姐さんは、戦後復興が落ち着きを見せてきた
昭和２５年から３５年までの、１０年間のあいだに、相次いで
６人の芸妓を育て上げています。
もっとも、一番弟子にあたる筆頭株の豆奴は、
勝手に春奴に着いてきた芸妓です。
辰巳芸者時代に、姉妹の契を交わした妹芸妓にあたります。
粋な口上と気風を見せるこの豆奴を筆頭に、鳴り物
（三味線を除く楽器、笛と打楽器の総称）では、右に出るものが
いないと称される２番弟子の小春を始め、一芸に秀でた芸妓たちが
揃っています。
特に、ひとりだけ湯西川温泉に残った最年少の弟子の豊奴は、
春奴の再来とまで言われたお座敷舞の名手です。
立て続けに弟子が育ったのには、時代の背景があります。
特急｢きぬ」の運行により東京から大勢の観光客が押し寄せ、
大型観光地としてめざましい発展を見せた鬼怒川温泉の繁栄ぶりが、
その背景にあります。
鬼怒川温泉の奥座敷と言われる湯西川温泉に、東京でも評判の
舞の名手がやってきたというニュースは、特需景気に沸く奥日光で
注目を集めます。
春奴のもとには、連日、芸妓希望者たちが押しかけてきます。
高度成長の道をひた走る日本の経済事情が、大量生産と大量消費という
社会現象を産み、さらに『飽食の時代』なるものを台頭をしてきます。
この頃から金に任せた夜の遊びが、一気に加熱を帯びてきます。
日本各地で、国民を上げての旅行と観光地ブームが巻き起こり、接待を主とする花柳界でも、人材育成のブームがにわかに巻き起こります。
全盛期と言われた昭和30年～４０年にかけての花柳界の数は、
少なくみても、東京都心部に28ヶ所。
東京の近郊には、54ヶ所が存在し、都内の赤坂界隈だけでも、
300名を超える芸者衆がいたといわれています。
（15）へ、つづく
作品名：赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま （14） 作家名：落合順平