赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (13)
『おっ。清子が帰ってきた』
2階の窓辺でミイシャにすり寄っていたたまが、あわてて首を伸ばします。
つられてミイシャも首を伸ばしますが、すぐに眉をひそめてしまいます。
『なんや、あれ。見るからにボロボロ状態じゃありませんか。
朝は颯爽として出かけたくせに、帰ってくる姿は、
まるでもうボロ雑巾です。
何があつたんやろねぇ。見るからにクタクタですけど・・・・』
『身の程をわきまえずに、
とにかく全力投球をするタイプだからなぁ。清子は。
おおかた、満足に踊れない巫女舞に、本気で挑戦をした挙句の結果だろう。
あれれ・・・巫女の衣装まで、泥だらけだ。
舞の奉納じゃなく、神社で乱闘でもしてきたのかな。まったくぅ・・・・』
たまが心配をして駆け出すまでもなく、ほどなくして
先輩芸妓たちに支えられた清子が、辛うじて階段をよじ登ってきます。
『なんでもええから、適当に布団を広げて、早いとこ寝かしてしまえ』と言う
一番上の豆奴姉さんのひと言で、乱暴に、部屋の真ん中へ
布団が敷かれていきます。
身ぐるみを剥ぐような形で巫女の衣装を脱がされた清子が、
そこへ転がります。
『大丈夫かいな、この子は・・・』
全員の心配をよそに大の字に転がった清子は、気持ちよさそうに寝息をたて、
あっというまに深い眠りの中へ落ちていきます。
『ある意味では大物かもしれんね、この子は』豆奴が、清子の他愛もない
寝顔を見ながら、鼻で苦笑をします。
『あとは、たまが居るから大丈夫だね』という声を合図に、
全員がドヤドヤと、てんでん勝手に、階段を
下りていってしまいます。
「あんたが悪いんやろ。
水と間違えて、清子にお酒なんか渡すから」
「喉が渇いたというから、コップを渡しただけの話です。
だいいち清子も、ろくすっぽ確かめもせずに、
一気に全部呑むのが悪いんや」
「かまへん。かまへん。
軽はずみな自分の振る舞いに懲りれば、次からはもう少し利口になります。
誰かさんみたいに、何度懲りても、一向に反省もせず、相変わらず
無軌道な人生を送っている人もおりますが、なぁ」
「それって、ウチの事かいな。
性懲りもなく、次から次へと男を変えていく尻軽なあんたに、
とやかく言われたくなんぞ、ありません」
「あんたのほうやろ。尻が軽いのは!」
がやがやと好き勝手を口にしながら、ひとかたまりになって
階段を下りていく芸妓たちを、階下から春奴お母さんが軽くたしなめます。
「これこれ。いい加減にしないか。お前たち。
ちょうどいい。全員が揃っているようだから、あたしから
重大な発表がある。
6人とも、ちょっとこっちへ集まっておくれ」
言われるままに6人が、表通りに面した座敷に集まります。
まもなく50歳を迎える一番弟子の豆奴を筆頭に、35歳になる豊春までの
6人が、思い思いに座敷に座ります。
「お前たちに集まってもらったは、他でもない。
あと半年経つと私も60だ。人生一区切りの、還暦を迎えることになる。
そこで折り入っての相談です。20年ぶりに弟子に迎えた清子の面倒を、
半年のあいだだけ、あんたたちそれぞれに見てもらいたい。
そのあいだに私も、心おきなく次の準備などを整えます。
なぁに、別に大したことじゃない。
それぞれの住まいで、一ヶ月ずつのんびりと
一緒に暮らしてもらうだけで十分です。
簡単だろう。どうってことはないお願いだ。
そのくらいならできるだろう?。
あ。ひとつだけ断っておきますが、清子にはもれなく
時々、私と、たまも着いていきます」
「清子をひと月見るくらいは簡単ですが、
なんで、お母さんとたままで一緒についてくるのですか?。
それが解せません」
「他意はありません。
ただ、久しぶりに、お前さんたちの暮らしぶりを見たくなっただけです。
ただし、清子はまだ15歳の未通女(おぼこ)です。
清子を預かる一ヶ月のあいだは、同居中の男は必ず外に
追い出しておくこと。
外でこっそり男といき会って、あれをいたすのも、御法度だよ。
綺麗に禁欲生活を貫いて、芸妓の、
清く正しい生き方というやつを見せておくれよ。
いいね、頼んだよ、みんな。話はそれだけです」
「それだけって・・・・
それだけでも、とてつもない大問題じゃありませんか、お母さん。
だいいち、引退などをしかねない気配を、
なにやらお母さんから感じました」
「引退に関しては、気配じゃないよ。本気だよ。
半年経ったら(芸妓を)引退をして、
清子を育てることだけに専念します。
はい。申し渡す事柄は以上で終わりです。では、これにて解散、解散。
みんな、気をつけて帰っておくれょ。
毎年のこととは言え、遠いところを毎度はるばると、ご苦労さん」
(14)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (13) 作家名:落合順平