2月30日(土)
「やったーっ! ついに完成だ!」
「やったね。兄貴」
そう、俺と弟分のヤスは、ついに完成させた、タイムマシンを。
「よーし、早速、試運転と行くか」
「行こう。行こう。どこに行く? いや、いつに行く?」
「2008年8月30日(土)だ」
「なんで?」
「俺は、その日、ドブに自転車ごと突っ込んで、鎖骨を骨折している。それを止めるんだ」
「過去を変えて大丈夫かなぁ?」
「大丈夫。大丈夫。俺は、鎖骨を折って良いことなんか1つもなかったから、そんな過去、変えちまえばいいんだ」
「よーし、じゃあ、セットするよ」
「レッツ、ゴー!」
俺は、ヤスが日時をセットするのももどかしく、タイムマシンのスタートボタンを押した。
「ダ、ダメだよ。兄貴」
「どうした?」
「間違えて、2008年2月30日(土)にセットしちゃった」
「な、なにー!」
その瞬間、タイムマシンは激しく揺れ出し、グルグルと回りながら落ちて行った。
俺たちが目を覚ますと、タイムマシンの窓の外に大勢の人々がいた。タイムマシンは、すっかり取り囲まれてしまっていた。
「痛てて、おい、ヤス、大丈夫か?」
「な、なんとか」
「ここはどこだ?」
「さぁ? 計器には2008年2月30日(土)って出てるよ」
「そんな、ばかな」
2月30日なんて日付はあり得ない。
「しょうがねぇ。外の奴らに聞いてみよう」
「タイムマシンが壊れてないか、点検しなきゃいけないしね」
俺たちはタイムマシンから降りた。
「じゃあ、ヤス、お前は点検してろ。俺は話を聞いてくる」
俺は、手近な奴に声をかけた。
「あのー、すみません。道に迷ってしまって。ここはどこでしょう?」
「あぁ、落ち着いてよく聞きな。ここはなぁ、2008年2月30日(土)で時が止まった街だ」
「えぇっ?」
「信じられねぇのは無理もねぇ。誰だって最初はそうだ。しかし、ここに居る連中は、皆、不思議な体験をして、この異次元世界に迷い込んだんだ。ちなみに、俺は、千本桜の下に立ってた妙な女の誘いに乗って、ここに来ちまった。あんたたちも、何か不思議な体験をして、気が付いたらここに居たんだろう?」
「えぇ、まぁ、そうですねぇ」
俺は、血の気が引き、冷や汗が垂れてきた。これは、まずい。と思ったその瞬間、ヤスが能天気に声をかけてきた。
「あーにきー、壊れてないよ。タイ……へぶぅっ」
俺は、ヤスのみぞおちに、思い切り正拳を叩き込んだ。
「何するんだよ。兄貴」
「まずいぞ。ここの連中は、永遠に3月の来ない2月30日に閉じ込められてる」
俺は、ヤスの首根っこを掴んで引き寄せると耳打ちした。
「俺たちのタイムマシンで脱出できるなんてばれたら、死に物狂いで奪おうとするぞ」
「それは困る」
俺たちが、こそこそ話していると、さっき話を聞いた奴が話しかけてきた。
「ところで、あんたらの乗ってきた乗り物変わってるな。タイヤも無しで、どう動くんだ?」
「それは、第4の次元の方向に動くから……」
ヤスが答えようとするので、俺は背後から口を押さえた。
「ぜ、全体的に丸っこいでしょう。乗り物自体が転がるんですよ」
「はぁ? そんなんじゃ、目が回って、しょうがないだろう? それに、なんでそいつの口を押さえてるんだ?」
「い、いやぁ、これはイスパーニャ地方の親愛の情の表し方で……」
そのとき、ヤスがジタバタともがいて、俺の腕を外した。
「く、苦しいよ、兄貴。それに、嘘ばっかり言って。嘘はいけないって、ママがいつも言ってたよ」
俺は、ヤスの背後から腕で首を絞めて、小声でささやいた。
「時と場合によるだろう。あぁん? 無事に帰らなきゃ、そのママにも2度と会えなくなるぞ」
すると、ヤスは俺の腕をパンパンと叩いた。どうやら、完全に絞めが極まって、声も出ないようだ。俺が腕を外してやると、盛大に空気を吸っていた。
「どうして、首を絞めたんだ?」
「これは、パイローツァ地方の友情の示し方で……」
「ひどいよ、兄貴。そこまでしなくても、嘘をつかなきゃならないことは分かるよ」
「嘘?」
男が眉をひそめた。
「なんか、おかしいな。お前ら何か、重大なことを隠しているだろう」
「な、何も隠してないよ」
「お、おう、何も隠してないとも」
「じゃあ、その乗り物は何だ?」
「こ、これは、タイムマシンなんかじゃないよ」
俺は、ヤスの後頭部を思い切りぶっ叩いた。
「タイムマシン?」
やじ馬たちが、一斉に色めきたった。
「つまり、それに乗れば、ここから出られるのか?」
「ちょっと待て。こいつには生体認証キーがついていて、俺たち以外が乗ったんじゃあ、動かない」
「えっ、兄貴、いつの間に、そんな機能付けたの?」
俺は、ヤスの足を思い切り踏みつけた。
「こ、こいつの操縦は難しいぞ! 素人が操縦したんじゃあ、時空の狭間の藻屑となるだけだ!」
「ボタン押すだけじゃん」
俺は、ヤスの脇腹に強烈なボディーブローを入れた。
「と、とにかくだなぁ……」
俺たちはじりじりとタイムマシンに近づいた。
「こいつに乗れるのは2人だけだっ! 他の奴を踏み倒さなきゃ乗れないぞっ!」
そう言った瞬間、群衆にざわめきが走り、取っ組み合い殴り合いの喧嘩が始まった。
「今だ!」
一瞬の隙をついて、俺とヤスはタイムマシンに飛び込み、ドアを閉めると、思い切りリターンボタンを押した。このボタンを押せば、来た道を戻って、元の時空に着けるように設計しておいたのだ。
「へぇ、すごいね。さすが兄貴」
「あとは、タイムマシンが研究所においてきたアンカーに引き寄せられて一直線で帰れるって寸法よ」
「……兄貴、そのアンカーって、これのこと?」
「……なんで、これが、ここに有るんじゃーっ?」
次の瞬間、タイムマシンはアンカーめがけて、メキメキと音をたてて収縮を始めたのだった。