赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (10)
たまの心配をよそに、清子が例年6月5日、6日におこなわれる
平家大祭の絵巻行列で、巫女舞を演じることが正式に決まってしまいます。
巫女舞は、降神巫(こうしんふ)という、
神がかりの儀式から生まれました。
白装束に緋色の袴を履いた巫女が、採物と巫女鈴を手に、身を清めるための
儀礼の舞を静かに舞台で舞いはじめます。
右回り左回りと、順逆のふたつの方向へ交互に回りながら、
やがて激しい旋回運動の末、巫女は一種のトランス状態へ突入をします。
神がかり(憑依)状態から、跳躍をするに至って神託を下します。
舞という言葉はこの旋舞の動きが語源です。跳躍を主とする神楽舞も
ここから生まれてきたと言われています。
「憑依(ひょうい)を表現するだけの、たかが巫女役の座興舞いです。
誰が見たって絶対にバレたりはしないから、大丈夫だよ。
清子が実は、根っから舞いが下手だなんて、見ている人にはわかんないさ」
「そうはいきません。お母さんも、呑気すぎます。
失敗されたら舞の師匠のあたしは面目が、まる潰れです」
「そう言うあんただって20年前に、あたしの顔をまる潰しにしたくせに。
やめなさいと全員から止められたくせに、頼まれたからと気軽に引き受けて
喜んで踊っただろう、あんときのあんたも。清子と同じ巫女舞を」
「あっ。あ~、そうでした。思い出しました!。
そんなことがありました。そうですねぇ、お母さん。
あれは清子と同じ、私が15歳になったばかりの時です。
そういえば全部のお姉さんたちから、
猛反対などをされた覚えが確かにあります。
それでも反対を押し切って、巫女舞を踊りました。たしかに・・・・
あの時もお母さんだけが、私の巫女舞の味方でしたねぇ。
そう言われてみれば、確かにおっしゃる通りです」
「ほうら、ごらん。いまでこそお前さんも、
押しも押されもしない舞の名手ですが、あの頃は本当に酷かったねぇ。
一番弟子の豆奴を筆頭に、5人の姉さん芸妓たちが全員そろって猛反対だ。
春奴一門の名折れになるから、巫女役を辞退させろと大騒ぎをしたもんだ。
それでもあんたは唇をかみしめながら、
涙ひとつこぼさずに、立派に最後まで舞台をつとめた。
綺麗だったし、素敵だったよ。あんたの巫女役は最高だったと思う。
でもねぇ。やっぱり舞は下手くそだった。
でもね、あんたはあの時のあれのおかげで、何かを
吹っ切ることができたんだ。
そんな昔の出来事をふと、何故か思い出しました。
いいんじゃないかい。踊らせてあげても、あの子にも。
あたしからも頭を下げて頼むからさ、ねぇ、豊春」
「はい。分かりました。もう依存は一切、申しあげません」
豊奴が、遠い目をしながら
『確かに、チャンスかもしれません』と同意の頷きを見せます。
置屋の2階からは、シャンシャンと規則正しく鳴り続ける巫女鈴の
音が聞こえてきます。
『それにしても頑張りますねぇ・・・一向に止む気配がありません』
豊春が、鈴音の響いてくる天井を見上げます。
一方の2階では、疲れきった清子がすでに大の字に寝転んでいます。
放り出された巫女鈴にたまがひたすら飽きもせず、
ちょっかいを出し続けています。
『あんたも子供だねぇ。そんな鈴で遊んでいて一体なにが楽しいの?』
白猫のミイシャが、不思議そうにたまの隣で小首をかしげています。
子猫の成長には早いものがあります。
初めての時には清子に抱かれて2階まで上がって来たのに、
いまは軽々と垣根を超え、ひさしを伝い楽々とここの窓辺まで
遊びにやって来ます。
『別に遊んでいるわけじゃないさ。これは清子のための子守唄だ。
こいつは、この音色を聞いていると気持ちがよくなってきて
眠くなるらしい。
寝る子は育つというから、睡眠は大切なんだぜ』
『でもさぁ。本番がもうまもなくだもの。
少しは本気で練習をしないと、まずいんじゃないの?。
巫女の衣装は一人前でも、肝心の舞が下手くそだと目もあてられないわよ」
『笑ってごまかすことも、芸のうちだろう。
肝心なのは、人様の前に立つという強い気持ちだ。
舞台度胸というやつは最初から、半分以上が天性からくるそうだ。
こいつ。練習不足でも平気で本番の舞台に立てそうな根性をしているから、
実は、案外と、大物かもしれないぜ』
『わかったけど、で、どうすんの?。あたしたちのせっかくのデートは。
シャンシャン鳴らしていたのでは、何時までたっても
デートなんかできないわよ』
『あわてなさんな。後でたっぷりと可愛がってやるからよ。
とりあえず、明るいうちはお上品に過ごそうぜ。
天気はいいし、陽気も良くなってきた。慌てて事に及ぶ必要もなさそうだ』
『ば~か。どうしてあんたは子猫のくせに、
あたしを見るとやりたがるのさ。
なんだかあたしまで、清子につられて眠くなってきたわ・・・・
じゃあ、そのお楽しみの今夜にそなえて、ひと眠りでもしょうかしら、
ふぁあ~』
『な、なんだよ、お前まで寝ちまうのかよ。
それじゃ誰が見ても、おいらがバカみたいに見えるだろう。
1人で鈴をシャンシャン鳴らしながら、ひたすら
起きているだけのおいらが。
おい、寝るなって。別に今から楽しんでも構わねえんだぜ、おいら』
『そうねぇ。でも今は遠慮しておく。
やっぱりさぁ、眠くなってきちゃったんだもの・・・・うふん』
『女というものは、まったく場所も選ばず、よく寝る生き物だなぁ。
まぁいいか。オイラもなんだか、眠くなってきた・・・』
(11)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (10) 作家名:落合順平