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この手が

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視野に天井が広がっている。
シュラはベッドに寝転がって、ぼんやりと天井を眺めていた。
日本支部での自分の部屋にもどってきて数時間が過ぎた。
そのまえはヴァチカンにいた。
本来であれば時差八時間の距離が、魔法の鍵でひとっ飛びだ。
セシルの葬儀に参列した。
殉職、ということで、葬儀は正十字騎士団ヴァチカン本部で荘厳に執り行われた。
しかし、その場に遺族の姿はなかった。
セシルは以前、自分が今こうして生きているのは産んでくれた母がいるからで少なくともその点については両親に感謝しなければならない、と言っていたので、親が生きているにしろ縁は切れているようだった。
彼女は自分の生い立ちについて語ることがほとんどなかった。
シュラもそうだった。
おたがい、知り合うまえの相手の過去についてあまり知らなかった。深く聞いてみることもなかった。
それでも親友と呼べる間柄だったと思う。
欠点もあった。でも、自分にも欠点はある。そんなのは、きっと、だれだって同じ。そもそも完璧な人間なんているのだろうか。
気があって、仕事以外でもよく一緒にいた。
共通の直属の上司であるアーサーに対する愚痴をこぼしあったりもした。
團名が恥ずかしすぎる、とか、そんな感覚も似ていた。
彼女は優しくて強かった。
聖騎士率いる聖天使團にまでまわってくる仕事は、それだけ厄介だ。戦う相手も強い。
だから、いつか仕事で命を落とすかもしれないことを覚悟していただろう。
でも。
死を覚悟しているということは、死んでもいいということではない。
死にたくなかったはずだ。
それに、本人が死を覚悟していようが、死んでほしくなかった。
彼女はシュラが困難な状態におちいるとあたりまえのように助けたかった。
同じように、シュラも彼女を助けたかった。
彼女が殉職するような状況にあったとき、自分もその場にいたかった。
その場にいて、助けたかった……!
頭に、彼女と一緒にいた思い出がよみがえる。
生きていてほしかった。
生きて、これからも、いろんなことを経験してほしかった。
生まれてきて良かったと思えるようなことを、たくさん経験してほしかった。
幸せを感じて、笑ってほしかった。
でも、彼女の人生は終わってしまった。
彼女を助けたかった。心の底からそう思う。
悲しい。
悲しい。悲しい。
心が激しく揺さぶられている。
鼻の付け根のあたりがじんと痛んだ。
泣きたくないのにまた泣いてしまいそうだと感じた。
その直後。
頭の横のあたりに置いている携帯電話が鳴った。
シュラは携帯電話を手に取って、だれからの着信かを確認し、電話にでる。
「はい」
どうしても明るい声は出せなかった。
「あ、シュラさん。雪男です」
「うん」
乱れている感情をできるだけ落ち着けるよう心がけながら、続ける。
「どうした。なんかあったか?」
「……実は、今、シュラさんの部屋の外にいるんですが、ドアを開けてもらえませんか?」
「へっ!?」
驚いて、間抜けな声をあげてしまった。
シュラは身体を起こし、ベッドから離れた。寝室から出る。
急ぎ足で進み、玄関部分にまで行き着く。
解錠し、ドアを開けた。
冷たい空気は入ってくる。
眼のまえに雪男が立っていた。
正十字騎士團のコートは着ていない。学園の制服も着ていない。完全に私服だ。
その両手には、何か物が入っているらしくふくらんでいるレジ袋がつり下がっている。
日が暮れたあとの外をやって来たせいか少し寒そうではあるが、あせっている様子はない。
これは一体どういう状況なのか、瞬時に分析して、さっぱりわからないと結論を出した。
「えっと、なんの用だ?」
「まえに勝負したとき兄さんのせいで僕に一食おごられそこなったって、言いましたよね」
「ああ?」
言った記憶はちゃんとある。だが、それがどうしたというのだろうか。
「だから、一食おごります。今から」
そう言うと、雪男は足を踏みだしてきた。
つられるようにシュラは少し横に移動しつつ、言う。
「オゴるって」
「晩飯、作ります」
雪男は淡々と言いながらシュラの横に立った。
「台所、お借りしますね」
「え」
ぽかんとするシュラを置いて、雪男はさっさと部屋の中を進んでいく。
雪男の両手に下がっているレジ袋にはどうやら食材が入っているらしい。本気で夕食を作りに来たようだ。
どうしたらいいのか。
一瞬、シュラは迷った。
しかし、別に雪男は自分の部屋に入れてはいけないような相手ではない。
だから、まあ、いいか、と思った。
シュラは雪男に追いつき、尋ねられたのに応えて台所に案内した。
さらに、どこに何があるのかを説明する。
説明し終わってから、シュラはハッと気づいた。
「そういえば、おまえ、食事はいつも燐が作ってるから、料理したことがないんじゃ……!?」
「たしかに作る機会は少ないですが、経験ゼロじゃありません」
「慣れてないと指切ったりするかも」
「僕が器用なのを知ってますよね?」
「ああ」
シュラはうなずいた。雪男が器用なのはよく知っている。それでも不安だ。
その不安が顔にハッキリ出ていたらしく、まるでファッション雑誌に掲載されたワンシーンのようなおしゃれ感漂うエプロン姿の雪男が包丁を片手にシュラに強い口調で告げる。
「シュラさんは座って待っていてください」
「……ああ」
とりあえず救急箱の用意はしておこうと思った。
もっとも、医者志望の雪男は怪我をしても自分で応急処置をするだろうが。
シュラは雪男のそばから離れた。
そのあと、雪男に言われたとおり、居間のソファに腰かけて待つことにした。
しかし。
落ち着かねーなぁ、と思う。
気をまぎらわすためにテレビをつけた。ぱっと画面が明るくなり、バラエティ番組が映った。
それをそのまま見る。
あまり頭に入ってこない。
それに、ふいに、セシルのことを思い出したりした。
テレビからは派手な効果音や笑い声が聞こえて部屋はにぎやかになったが、シュラは笑えなかった。
しばらくして、雪男がやってきた。
「出来たんですけど、どこに運んだらいいですか?」
「ああ、手伝うよ」
シュラは即座にテレビを消すと、軽い動きでソファから立ちあがった。
やがて、雪男の作った料理すべてを台所の近くのテーブルに運び終わった。もちろん料理はふたり分ある。飲み物も運んだ。未成年の雪男はお茶で、シュラはいつもの缶ビールだ。
シュラはテーブルに置かれた料理をじっと見る。
「見た目はいいんだけどにゃ〜」
盛りつけも良くできている。
「だけど、味はどうなのかにゃー……」
からかっているのではなく、本当に不安だ。
「大丈夫だと思います」
不安をまったく感じてない様子で雪男は言う。
「評判の良いレシピを調べて、その通りに作りましたから」
「ああ、おまえって、しっかり調べた上で、きっちり分量をはかって作るタイプだよな」
「だから、レシピに適量と書いてあると困るんですよね」
シュラはイスに座った。
テーブルを挟んで向かいに雪男が座った。
「「いただきます」」
声が、ちょうど重なった。
それから、食べる一品目を決めた。
大根と厚揚げの煮物にする。
箸で口まで運ぶ。
口の中で大根がほろっと溶けるように崩れるのを感じた。
あ、と思う。
「……おいしい」
作品名:この手が 作家名:hujio