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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (9)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (9)芸者とはなんぞや・・・・


 そもそも、芸者とはなんぞや?
そんな読者の疑問に、たまが、春奴母さんから聞いた話を代弁します。
たまにはなぜ、そんな暇があるのでしょうか?
それは今、たまが進退窮まって身動きができない状態に
いるからに他なりません。
突然目の前に現れた白い猫に、ひと目で心を奪われているのです。
そんなたまの心中を一切知る様子もなく、白い猫は凛とした背筋を
見せたまま静かにベッドの少女と向かい合っています。


 ひと目惚れという病気は、ある日、突然やってきます。
散歩に出ようと思っていた出鼻を見事にそがれたばかりか、いつもの
清子の正座のように背筋を伸ばし、シャンとすまし顔で座っている
白い子猫の様子から、いつまで経ってもたまは目が離せません。
なぜか、声をかけてみたくて仕方がないのです。
要するにたまは、この白い子猫の背中姿に、すでに
一目惚れをしているのです。


 『大きなお世話だよ・・・・(と、たまは、苦笑いをしています)
 芸者になるには小学校を出てから、まずは、置屋と年季の契約をする。
 それからは、ひたすら芸を磨く精進の日々がはじまる。
 清元や常磐津、義太夫などの三味線弾き、唄いの稽古になど励み、
 何年も修業を積んで15歳で雛妓になる。
 (いわゆる半人前の時代のことで『半玉』とも呼ばれる)
 ここから頑張って7年。さらに1年間のお礼奉公を加えて、都合まる8年。
 これが経過したところで、ようやく晴れて独り立ちを果たすことになる。
 芸者として1本立ちをして、商売ができるようになる。

 現在のキャバ嬢やコンパニオンたちのように、
 衣装とヘアメイクを整えた瞬間から若い女の子なら誰もがやれるという、
 安易な商売では決してありません。
 とまぁここまでが、戦前までの花柳界のお話です。
 戦後、関係する条例が改正されて、従来の『お茶屋』が
 『料亭』と改名され、年齢制限が厳しくなり、
 18歳からでないとお座敷に出られない事態になります。
 『18歳の振袖など、見ていて気持ち悪い』
 という声が、あちこちからあがり、いずこの花柳界でも、
 対応に四苦八苦をします。
 
 女性が着るきものの袖には、深い意味が込められています。
 『袖(たもと)を濡らす』『袖の下』『袖にする』など、
 袖は、単なる袖を表わす以上の、深い意味をいくつも秘めています。
 その昔、万葉の頃の若い女性たちは、
 袖を振って男性たちを誘ったと言われています。
 当然のこととして、結婚してしまえば袖を振る必要がなくなります。
 ゆえに結婚をしたら袖を留め、(袖を短くして)、
 留袖を着るという経緯になります。
 この振袖は、江戸時代の初期に一般化をします。
 当時の女性たちは、18歳で元服をしました。
 大人の仲間入りを果たし、振袖の振りを縫い塞いだそうです。

 昭和30年代に、名妓と呼ばれたかつての芸者たちは、
 器量の良さだけではなく、会話の妙や、三味線や唄などの
 技術の高さは歌舞伎界の演奏家たちを、
 はるかに超えるほどであったと言われています・・・
 いわば、すべてにおいて卓越した技量と器量の持ち主であったと
 いうことに、なると、思われます・・・・たぶん・・・ムニャムニャ』


 ブツブツとつぶやいているたまの頭上から
『なにさっきから。寝ぼけてんの、あんた』と、白い小猫の声が、
舞いおりてきます。
『え?』寝ぼけ眼(まなこ)のたまの頭上に、白い子猫が
覆いかぶさってきます。

『自分で誘っておきながら、先にお昼寝をしてしまうなんて、
いい根性だわねなによ、フン!』と、白い小猫が口を
尖らせ、顔をそむけてしまいます。


 『あたしの名前は、ミイシャ。
 あの子の遊び相手として、昨日やってきたばかりなの。
 誘われたのはわかっていたけど、あの子が眠るまでそばを離れるわけには
 いかないの』

 『おいらの名前は、たま。
 ご主人は、現役芸妓の春奴お母さんさ。あれ・・・・
 さっきまで、階下にいたはずなのに、君はいつのまに
 ここまであがって来たの?』

 『下の道でニャァとおねだりしたら、あなたの2番目のご主人様が、
 私を抱っこして、あなたに合わせるために、2階まで連れてきてくれたわ。
 絵巻行列で、未通女(おぼこ)だけに許された、
 巫女さんの大役を務めるそうです。
 本人はもう、とことん疲れきっているようです。
 良い気持ちで、さきほどからそこでクウクウと寝ております・・・・』


 なるほど。
たまが慌てて振り返るとそこには、白衣に緋袴という巫女の衣装の清子が、
神楽舞用の巫女鈴を握りしめたまま、大の字に転がっています。
巫女舞の練習によほどて疲れ果てたのか、白衣の襟から
目にも鮮やかな赤い掛襟をのぞかせたまま、白い喉をゆるやかに
上下させつつ、ぐっすりとしてひたすらに眠りこけています。


 『ありゃあ。よりによって舞いが一番苦手なはずの清子が
 巫女に扮して、神楽舞を担当するのかい・・・・
 そりゃぁ無茶だし、大事件だ。
 そんなことになれば、不器用すぎるはず清子が疲れ果てて、
 あっさり、爆睡に落っこちる羽目になるのは当たり前のことだ。
 なんだよ、見る目がないなぁ、祭りの幹部連中も。
 見た目だけで配役を簡単に決めるなよ、平家祭りの責任者たち。
 どいつもこいつも、真実を見る目がないなぁ、まったく』

(10)へ、つづく