赤い糸
しかも目に見えないばかりか、しっかりと手繰り寄せておかないとすぐに切れてしまい、他の人とすぐに絡んでしまうようなものなんだろう。
はぁ…はぁ…息切れしながら俺は残りの力を振り絞って自転車を漕ぐ。
あの坂を登れば、美香の家が見えてくる。
あともう少し、もう少し、そう自分を励ます。
美香が川に向かって石を投げる。
うまく跳ねずに落ちる。
俺が投げてみせる。
トントントン自分でも驚くくらいうまく跳ねる
美香は驚いて歓声をあげた。
美香の驚く顔が嬉しくて俺は得意げに笑った。
小学校高学年ともなれば、男女を強く意識しだす年頃だ。
なんとなく周りの目もあり、一緒にいることはできなくなってしまった。
算数の授業が終わり、音楽室に移動しようと廊下を走っていたら急に誰かに手をつかまれた。
振り向くと美香がいた。
「これ、東京のお土産」
小さな東京タワーのキーホルダーだった。
「……ありがとう」
恥ずかしくて美香とは反対を向きながら御礼をいった。
「あのさ、……」
美香が何か言いかけたその時
「哲也何してんの」
後ろから友達が走ってきた。
「別に」
俺は美香が何かを言おうとしていたことはわかっていたが、それを無視して友達と合流した。
俺は見てはいないけれど、背中ごしに美香が悲しそうしていたのがわかった。
もう少し、あと100m、美香の家が見えてきた。
頼むから、俺の大事なモンスターカード全部神様にあげるから、神様どうか美香に合わせて下さい。
まだ朝早いので、教室には男子が数人しかいなかった。ランドセルから教科書を乱雑に取り出し、机の中に無造作に放り込む。
「哲也!早くサッカーしにいこうぜ」
いつもの早朝サッカー仲間がやってきた。
「あと10秒待って」
一時間目の準備をしておかなければ先生に怒られる。そう思い、机の中に手をいれた瞬間、何か四角くて固い
ものがあった。不思議に思い出してみる
「どうしたの?」サッカー仲間も俺をのぞきこむ
「ラブレターだ!」俺より先にサッカー仲間が気付く。
急いで隠そうとしたが、後の祭りだった。
「おい、見せろよ」「ヒュー」「誰から誰から」
俺はその当時、女嫌いで通っていたので、友人の手前迷惑そうな態度をとることにした。
「読んでいいぞ」
心とは裏腹な事を言う。
仲間が手紙を開けて読み上げる
「哲也君、ずっとあなたのことが大好きでした。美香」
俺は思いもしなかった名前にただただ驚いた。嬉しかった。
「あの男女の美香!?」
「お前殴られるの好きなんだな」
「お前って美香とラブラブだったの」
「ヒューヒュー」「おあついな」
仲間全員で俺を冷やかしにかかってきた。
「誰が美香なんか好きなもんか。好きだって言われて迷惑だ」
俺は本心とは裏腹なことを言う。俺がそういった瞬間仲間が教室の入り口を見て黙り込んだ。
俺も入口を振り向いた。
そこには美香が立っていた。
「……美香」
教室では朝の会が行われている。
あの後、俺らは美香にこてんぱんにやられた。サッカー仲間はみんな負傷をおっている。
特に俺はバケツで叩かれた。でも不思議と痛みなんかちっとも感じなかった。もっと叩いて欲しかった。
先生が急に深刻な顔で話し始める。
「実は皆さんに悲しいお知らせがあります。美香さんがおうちの事情で今日で転校することになりました」
俺はそこからの記憶はあまりない。
ただ学校が終わって、いつものサッカーの誘いも振り切り、家に鞄をおいて一直線に美香の家へと向かっていた。
美香はその日の午前中で学校を早退していた。
ようやく坂を登りきり、美香の家の玄関に自転車を乗り捨てる。
何回もピンポーンを連打する。
お願いだから出てきてくれ。
ガチャ、と戸が開いたが出てきたのは美香ではなかった。
「哲也君」
美香の父ちゃんだった。
「……美香は、もういないんだ。ごめんな」
そういうと父ちゃんは戸を閉めて引っ込んでしまった。
俺はその場に座り込んで、ただただ空を見ていた。
そのすぐ後に、美香の家では美香の父ちゃんと若い女が暮らし始めたが、すぐに空家になった。
俺は美香の家を見るたびに思う。
大人になったら絶対に美香を探しにいこう。
あのとき言えなかった言葉をいおうと。
「俺は美香が好きだよ。世界で一番好きなんだ」
作品名:赤い糸 作家名:sakurasakuko