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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (6)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (6)たまのほうが、清子より先輩?

 
 たまが春奴の置屋にやってきたのは、清子がやってくる
1ヶ月ほど前のことです。
面接も無事に終わり、一ヶ月後に清子がやって来ることが決まり、
ほっとした春奴がいつものお座敷の帰り道で子猫の鳴き声を聞きつけます。


 「おや。猫のかぼそい鳴き声だ・・・・」

 珍しいこともあるもんだと立ち止まったものの、子猫の姿は見えません。
『はて。そのあたりで鳴いていたような気もするが・・・』
と不審に思いながら、軒下を覗き、路地を覗き込んでも
子猫の姿はありません。

 『あらまぁ、姿がどこにもありません。嫌われたかしらねぇ・・・・』
もう一度見回した後、春奴があきらめて家路に向かいかけます。
芸妓たちを育て上げてからは、出稽古とお座敷の繰り返しだけを、
ひたすら20年間にわたって続けてきた春奴です。
ひとり暮らしの寂しさにもすっかりと慣れていたはずなのに、
長年の封印を解いて清子を弟子に取ると決めた瞬間から、
なぜか、人恋しさを覚えています。


 『運の悪い子だねぇ。面倒を見てあげる気になりかけたのに・・・・
なんだい。姿も見せず消えちまってさ』未練がましくもう一度振り返り、
ポツリと独り言を言い放ってから、路地の小道を春奴が立ち去っていきます。
春奴の置屋は、格子作りの2階建てです。
全盛の頃には3人の芸妓と寝起きを共にし、朝早くから女たちの声が溢れ、
いつも賑やかすぎた2階建ての建物も、今はひっそりと水をうったように
静まり返っています。


 『あの子が、あまりにも無垢な目で、一途にわたしのことを
 見つめるもんだから、思わず、お預かりしますと
 首を縦に振っちまいました。
 預かるのは、もう娘どころか孫ほどに年の離れたお嬢さんだ。
 20年ぶりに、我が家が賑やかさを取り戻すのかしら・・・・。
 ドキドキとしますねぇ、今から。
 あら、どうしたのさ、お前。なんだい、先回りをしていたのかい?」


 格子戸の前に、ちょこんと三毛猫の子猫が座っています。
『ウチがわかっていたのかい、お前』と語りかけると、背筋を伸ばした子猫が
『ニャァ』と春奴の顔を見上げます。
賢いねぇ、お前は・・・と見下ろしながら、春奴が玄関のカギを開けます。
そのあいだ子猫は一歩も動かず、見下ろしている春奴の顔を
小首をかしげながら静かに見返しています。


 「開いたよ、ほら。待ちわびただろう、お入りよ」


 春奴が、足元の子猫を促します。
チョコンと小首をかしげたままで、子猫は動こうとしません。
中に入った春奴が、電気をつけてから傍らにあった雑巾を手にします。
『賢いねぇ、お前は。泥足のまんまじゃ失礼にあたるからね。
おいでほら。拭いてあげるよう』と手招きすると、頷くような仕草を見せ、
子猫がゆっくりと敷居をまたぎます。

 『あらまぁ。お前ったら、いちいち仕草が優雅で綺麗だねぇ。
気に入りました。あんたも今日からは、我が家の一員だ。
ほらおいで。ついでに顔も綺麗に拭いてあげるから』、春奴が雑巾を
近づけた瞬間、子猫がプイと顔をそむけてしまいます。

 「あはは。ごめんねぇ。雑巾のままじゃ気の毒か。
 あたしの匂いがついているが、こっちのほうなら雑巾よりは
 いくらかマシだろう」

 袂に手を入れた春奴が、使いかけのハンカチを取り出します。
驚いたことに子猫の方が自分から嬉しそうに、
春奴のハンカチへ近づいてきます。



 「おや、お前。猫のくせに芸妓の化粧が好きなのかい。
 そうか。お粉(おしろい)の匂いで、ウチの在りかを嗅ぎ分けたんだ。
 賢いねぇ、お前。じゃあ早速だが名前は、
 定番の『たま』でいいかしらねぇ。
 お化粧の匂いが好きだとは、これからウチにやってくる見習いの清子と
 まるっきり、好みが同じじゃないか。
 なんだか、縁が有るかもしれないねぇ、お前と私と、清子は」

 
 顔まで拭いてもらったたまが、のそりと廊下を歩き始めます。


 『ありきたりに、単純に『たま』かよう・・・
 名前をつけるのなら、せめて玉三郎とか、菊五郎とか、團十郎とか、
 男の子らしい、シャキっとした名前にしてくれよ。
 おいらよう、自分で言うのも可笑しいが、毛並みがよくって
 シャンとしているけど、実は、こう見えても
 立派な三毛猫の男の子なんだぜ。
 それをあっさりとたまと呼ばれたんじゃ、あとで
 女に間違えられてしまいそうだ・・・・
 頼むよ。三毛猫のオスは、奇跡と言われるほど、
 滅多に生まれてこないんだぜ。
 おいら、希少価値のある一匹なんだぜ。こう見えても』

(7)へ、つづく