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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (5)

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (5)春奴姐さん


 「ただいま、戻りました」

 カラリと格子戸を開け、清子が下駄を脱ぎ奥に向かって声を
かけているあいだに、ピョンと懐から飛び降りたたまが、トットと、
軽やかに廊下を歩き始めます。
途中で不意に気がつきます。『ご苦労』と言わんばかりにたまが
清子をヒョイと見上げます。
『いいえ。どういたしまして』と清子が目で笑います。
小さなあくびをひとつ見せたたまが、『俺の実際の飼い主は、どこだ』
とばかりにカラカラと小走りに廊下を駆け出していってしまいます。


 「懐くのか、懐かないのか、
 気まぐれすぎてはっきりしませんね。たまは」
 
 素足をタオルで拭いたあと、雑巾を持った清子が
急いでたまの背中を追いかけていきます。
奥の部屋まで行くと見せかけていたたまは、清子の足音を
聞きつけた瞬間に立ち止まります。
『なんだよ、』という顔をしてたまが、くるりと180度をふり向きます。
『あ。やばい、雑巾は大嫌いだ!』あっという間に清子の足のあいだを
すり抜け、トントンと階段を駆け上がってしまいます。


 『あきまへん。また、汚れた足のまま、逃げられてしまいました・・・・
間に合いませんなぁ、早すぎて。いつものことですが。うふっ』
雑巾を握り締めたまま階下で立ち尽くしている清子の姿を、
階段の上からたまが、顔だけを出し、『お前がとろすぎて、油断しすぎや。』と鼻でせせら笑っています。



 「いいから、やんちゃ小僧は放っておき。
 お昼の支度はできていますから、はよ食べて舞のお稽古に出かけなさい」

 「すいません、お母さん。
 たまを捕まえるのに手間取りすぎたため、本日の
 お昼の当番ができませんでした。
 そのぶん明日、頑張りますので今日は大目にみてください」


 「私も、清香のところへ、これから出稽古にまいります。
 お互いに都合を抱えていたため、ついでのことですから
 いたってどうこうありません。
 それよりもお前。伴久の若女将と板長の銀次親方に、
 失礼はなかったでしょうね。
 はなっから何も聞きもせず、ろくな考えも無く、ドタバタと
 ただ駆け出していったものですから、みなさまに途中で迷惑などを
 かけないかと、それだけを、心配をしておりました」


 「いいえ。若女将に会いましたが、
 いつものようにニコニコとしておりました。
 帰り際に、お母さんに、くれぐれもよろしくと言付かりました。
 銀次親方からは、好き嫌いはないかと聞かれましたが、
 別にありませんとだけ、教えられた通りに答えておきました」

 「ならばよろしい。
 先に出かけますから、いつものように戸締りをしてお前も出かけなさい。
 1人で食べることになりますが、いつものようによく噛んで、
 しっかりと食べなさい。
 では、先に行ってまいります」


 清子は、出かける時の春奴お母さんの粋な姿を見るのが、大好きです。
まもなく60歳を迎えるというのに、辰巳芸者の代名詞とも言われている
黒い羽織を粋に着こなし、シャンとした背筋を見せる風情に、
なぜかドキリとするほどの快感さえ覚えています。
清子が芸者になると決めたのは、辰巳芸者出身の春奴との出会いです。

 修学旅行で日光へやってきた清子が、二荒山神社で羽織姿の
春奴一行たちと出会います。
春奴の凛とした風情と色香の漂う様子が、清子を一撃で魅了してしまいます。
両目を見開き息を潜めた清子の目の前を、優雅に微笑んだ春奴が、
6人の芸妓衆を引き連れて、さっそうとあゆみ去っていきます。
『芸妓になりたい!』そう決意したこの日の一瞬のひらめきが、やがて
湯西川温泉に20年ぶりという、15歳の赤襟を誕生させることに
なるのです。


 『1人で食事を済ませなさい』という春奴の言葉を聞きつけたたまが、
2階からコトコトと降りてきます。
正座をした清子が入1人で黙々と、ちゃぶ台に向かって
食事をはじめています。

 『ニャァ』とたまが下からの目線で清子へ声をかけます。
『おいで』と応えた清子が、味噌汁の茶碗から丸ごとの煮干を取り出します。
『待っててね』煮干を口にふくみ、汁気を吸い取った清子が自分の膝に
丁寧にハンカチを広げます。

 『よっこらしょ』と膝へ這い上がるたまの目の前に、
『はい』と煮干が差し出されます。
『なんだよ。やっぱり煮干かよ・・・・ここん家の食事は質素だからなぁ。
まぁいいか。清子の好意だ、贅沢は言えねぇや。』と、
たまが目を細めています。


(6)へつづく