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左手の窓

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深く濃い色をしたカーテンが、窓から吹き込む風にゆられて、ひらひらとすそをめくらせていた。カーテンの隙間から陽気が差し込んで、外の美しい景色が垣間見える。カーテンがめくれる度に、木目が浮き上がった床が光を鏡のように反射して、まぶしくて目を細めた。
 窓から見える景色は、春のようだった。草原は青々とし、花はくびを伸ばして太陽を目指し、日の光は初夏のように力強かった。少し離れた場所に根を伸ばす一本の木は、草花と寄り添って微笑んでいるようだった。カーテンを開けば、そんな風景を好きなだけ眺めることができた。
 それでもカーテンは開けなかった。色の深い生地は光を遮る役目を話していて、室内は暗かった。
 午後のティータイムに、この部屋でカーテン越しに窓の外を眺めるのが日課だった。少し薄暗い部屋で、窓から差し込む日の光のまぶしさに心を和ませ、ゆったりと椅子に座り力の全てをゆだねる。人生で最も、充実した時間だった。
 時折まくれるカーテンのすそから、白い丸みを帯びた物がひらめいた。あまりにも白くて、強い陽光に溶けそうに見えたり、輝いて見えたりした。
 女の手だった。左手の。
 左手はゆれている。風にふかれてゆれるカーテンと、同じだ。自然の流れに身をまかせ、ゆれているのが見間違いと思えるほど、ささやかにゆらゆらとしている。意志はないように見えた。
 ただゆれているだけだと思っていても、まるでこちらを招いているように見えて、時々風がやめばいいのにと思う。カーテンがめくれなければ手は見えない。女の白い手が見えていても、光に溶けて全く気にならないこともあった。
 幼い頃は、その左手に触れてみたくて仕方なかった。窓の前に立って、左手に手を伸ばしたとき、左手が初めて自らの意志で動きを止めたようにぴたりとゆれるのをやめた。それが怖ろしくて、手を伸ばすのをためらった。丁度そこで祖父が部屋に入ってきて、手を窓に伸ばした自分をとてもしかった。そのときから、祖父が死ぬまで、この部屋には入らせてもらえなかった。
 今はもう、女の左手に触れようとは微塵も思わない。カーテンにすら、触れようと思わない。
 この家は大通りに面していて、なかなか大きな住宅地だ。家の隣には家が建っていて、玄関と裏口は道路に面している。
 ずっと昔、この周辺に町などなく、どこまでも続く草原だったらしい。その時代を描いた絵が、一枚だけ家にあった。美しいその光景は、いつまでもこの家の窓で、あの白い手が描き続けている。
作品名:左手の窓 作家名:こたつ