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ミツキ ニワ
ミツキ ニワ
novelistID. 44596
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春は思い出の中へ

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春は出会いと別れの季節。この季節が来る度に思い出す、私だけの思い出。

 彼を知ったのは私が中学二年生の時でした。
 校庭には桜の花が、ほんの少しだけ残っており、新学期を迎えた教室でした。新しいクラスメイトと馴染めるか少々緊張してた私に、隣の席の彼から話かけられました。
「お前の名前は?」
「……」
「名前は?」
 ――えっと私?
「もういい!」
「いやっあのっ……吉田奈央です……」
「……佐山春」
「ハル……?」
「っんだよ? 男のクセに『ハル』って!? 思ってるんだろ?」
「いやいや! そんなこと思ってないよ!」
「……フンッ」
 これが、彼と私の最初の出会いでした。やけに、つっかかってくる様な物言いに、何故か不器用で可愛いと思ってしまいました。この時すでに私は、彼に心引かれ始めてたのだと思います。私達は、すぐ仲良くなりました。
 佐山は、去年(中学一年生)の十二月頃この学校に転校してきたらしく、まだあまり馴染めて無い様子で、私は少しでも佐山の近くにいられるよう、いつも話しかけてました。
「おはよう、佐山」
「……おはよう」
 席替えがあっても、三年生になってクラス替えがあり毎日のように顔を合わせなくなっても、私達の距離は長くも短くもなりませんでしたが、その距離感に居心地の良さを感じてました。
 ある日、佐山に関する噂話が流れました。
『あの無愛想な佐山に彼女が出来た』
 佐山は無愛想でしたが、女子の間では密かな人気があったのです。
 
 私は休み時間になると、時々学校の屋上に行き過ごすことがありまた。屋上から見る空の景色が好きで、悩みや考え事があると心を落ち着かせる為に、よく一人で屋上に行っていました。
 佐山の噂話を聞いて、そう何日も経ってない天気の良い日、私は屋上にいました。そして、その日は横に佐山もいました。彼も時々一人屋上に来ている事があったのです。大した会話もせず、ただ空を一緒に見上げ過ごすだけでした。その日も、いつもの様に二人で空を見ていたら突然、佐山の方から話かけられました。
「吉田」
「なーに?」
「俺、彼女ができた」
「へー……え? なっ、何?」
「だから、彼女が……」
「ちょっと待って! その先は言わないで!!」
「おい! 待てよ……!」
 私は佐山の言葉を遮り、その場から逃げ出しました。

 階段を一段飛ばしに駆け下り、心臓の鼓動が今にも張り裂けそうになるくらい息つく間もないまま走りました。まさか噂が本当だったことに思いもよらずショックを受けた私は、その日から佐山を避けるようになりました。 
 それから季節は変わり冬のある日、また佐山の噂話が流れてきました。
『佐山が彼女と分かれたらしい』
 佐山の、噂話を聞いても特に動揺する自分はいませんでした。あの時、どうして佐山に自分の気持ちを伝えなかったんだろう? と、心の中には後悔に似た思いが、いつも片隅にあったのに素直になれない臆病な 自分に苛立ちさえ感じてました。

 冬休みに入る前の終業式の日、廊下で佐山に呼び止められました。
「吉田、お前十二月二十四日空いてる?」
「え? ……」
「映画のチケット……行かないか?」
「え? あの……私、冬休みは、ずっと塾に行くから! じゃ!」
「……」

 佐山と会話したのが、それが最後でした。

 そのまま、何事もなかったかのように時は過ぎ、卒業間近に知りました。佐山が県外の高校に進学するということを。

 卒業式が終わり、クラスメイトや先生達との別れを済ませ自宅へ帰る途中、佐山と会いました。でも、私は声をかける事ができませんでした。佐山からも声をかけられることもありませんでした。
 学校では出ることがなかった涙を、帰り途中、ただただ拭きながら帰ったのを今でも憶えています。

 それは、素直になれない自分に、もどかしさを感じながらも淡い期待をしていた、遠い思い出。誰にも知られたくなかった思い。きっと、あれが私の初恋だったのでしょう。

 幾度の年月が通り過ぎての春、もう私の中では、あの春の思い出は薄れていました。
 しかし、思いも寄らない人物から佐山の話を聞くことになりました。それは、彼のお母さんから。
 この時、初めて佐山のお母さんに会ったのですが、彼が母親似だというこを知りました。涼しげな顔立ちをしながらも力強さを感じる瞳。一見、無愛想と勘違いされがちだが微笑むと可愛らしさが出てくる。
 ただ、佐山と違い彼のお母さんは表情が豊かだということ。
「失礼ですが、あなた吉田さんよね? 佐山春の母です。突然だけど貴方に伝えたい事があって、春は去年の夏バイクの事故で亡くなったんです……」
 佐山のお母さんは卒業アルバムで私の顔を見ていたらしく、「すぐに貴方が吉田さんって分かったわ」と言った後、あまりにも唐突な説明を伝えられ頭が一瞬真っ白になり、事を理解することが直ぐには出来ませんでした。
 佐山の、お母さんは早く何かを私に託けたいのか、急ぐように鞄の中から何かを取り出しました。
「春の遺品整理してたら、あなたと写ってる写真が色々とでてきたの。クラス写真や遠足や修学旅行の写真かしら? あの子、無愛想だったけど、あなたと一緒に写ってる時は楽しそうに写ってたわ。それと……これを、あなたに……」
 手渡されたのは封筒、その封筒を手渡される時、佐山のお母さんの表情が何故か寂しそうだったのが分かりました。表書きには私の名前『吉田』と書いてました。
 中を出してみると、だんだんと薄れていたあの日の思い出が、私を襲うかのように早急に蘇えりはじめました。そう、それは私がぶっきらぼうに断った映画のチケットが入ってました。
「きっと、あなたと行くつもりだったのね? でも、あの子あの通り無愛想で不器用だったから」
 佐山の、お母さんは微笑みながらも彼のことを思い出してるのでしょう、少し寂しい表情でした。

『吉田、好きです』

 チケットの裏にそっと書かれてる文字。その文字を見た途端、私の瞳に涙があふれ出しました。
 思いや、言葉なんてモノは出てこない。幾度の春が過ぎていく中で無理やり自分で押さえ込んでいた、あの時に対する後悔の思いが今やっと素直に感じる事ができて、涙として出てきたのです。

 私も好きでした。

 それから、彼のお母さんから私の知らない佐山のことを、たくさん聞きました。彼は県外で、そのまま就職し暮らして結婚したこと。私と同じ年の子供(二才)がいること。たくさん聞きました。
 でも、あの時、屋上で『彼女が出来た』と私に言った言葉は嘘なのか本当なのかは、分からないままでした。
 
 春は出会いと別れの季節。
 この季節が来る度に思い出す、私だけの思い出。
 
 暫くは春がくる度、彼のことを思い出すでしょう。
 けれど、あの日の思い出は私の中だけで、そっと生きていく。
 
 淡くて微かな私の思い出の中へ。


作品名:春は思い出の中へ 作家名:ミツキ ニワ