短歌連作 一番星落下速度
目に見えぬものばかりある夢の中君だけがただ実存だった
仲間だと軽い言葉を突きつけたおまえの無垢を汚したか否
足首のかたちのよさを覚えない 一瞬ごとに蹴っ飛ばしてく
美しいシュート 現実が歪んでる 絶対零度に撃ち落とされて
あかあかと燃える火花が空を切るそのひとときが宇宙の時間
そのほかにできることなんてなにもないなんて嘘だよ 君の名を呼ぶ
シューティングスターを見たらまたおいで 落下速度は夜明けと同じ
勝った奴が強い奴だと思ってた子供の涙の熱さが終わる
炎から漏れ出すような目をしてた君を見たくて嘘をついてた
疾駆する影というかたちをとっていた伝説あるいは青春の澱
神である 止まった彼の世界には彼よりほかに存在しない
動く足だけ欲しかった夕凪のホイッスルさえ敵に回して
まぶたから燃える炎のあつき潮 もしくは憎悪としか呼べぬもの
青天井つらぬいて撃つ君の声 もしくは憎悪としか呼べぬもの
影だったコントロールは完全な もしくは憎悪としか呼べぬもの
偶像の存在意義の証明を もしくは憎悪としか呼べぬもの
いい子だね そのままはじけちゃってくれ もしくは憎悪としか呼べぬもの
「あんただけ気づいてくれると思ってた」どろりと落ちるカラメルの味
狡いなと言ったきりでおしまいの 持ち逃げしたのはあんたのほうだ
憎悪より愛より友情よりほかに おまえに勝って笑いたかった
ぼくはねえ未来が見えるようになるだからさ全部終わらせようか
逃げ出そう 君から夢から勝利から 放課後のアイスバーからすらも
「ヒーローになりたかったよ」諦念は夕暮れの朱とともに流れた
致死性の麻痺毒を呑む日々の中憧れだけがほんとうだった
大空の大海の大地の遠ざかる我の小さき呪を残して
死ぬときに思い出してね赤い人波にまぎれて告げたひとこと
果実もぐようにしたたるぼたんゆき卒業しても覚えているよ
アンタならいつまでだっていてくれるって思ってた疾走の夜
コンクリで固まっただけの河岸にて死んだ蛍のひかりを探す
一番星落下速度を忠実に測ったあとで俺も消えよう
作品名:短歌連作 一番星落下速度 作家名:哉村哉子