おさなご
――ねえ知ってる? 赤ちゃんってね、ちっちゃいころは、まだおなかの中での記憶があるんだって。
公園の陽だまり。井戸端会議に花を咲かせる、主婦という称号を持つ新米母。その、後ろ……。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。わたしは笹本莉那。生後三カ月よ。よろしくね」
「ぼくは高橋遼平といいます。まだ二カ月です」
「そんなにかしこまらなくってもいいのに」
「いえ、人生の先輩ですから」
「そんなあ。……夢の記憶は、どのあたりまで?」
「四十八歳です」
「あらやだ、わたしなんて二十五よ。あなたの方が大先輩ね。差し引きゼロってことでタメで行きましょうよ」
「なら、お言葉に甘えて」
「んもう。カタいんだから」
「初めて会うのがやさしい先輩でよかった。朝の通勤電車の中で目が覚めたと思ったら、いきなり知らないところで膝を抱えていたんで……」
「わたしもよ。大学出たっていうのに全然就職決まらないし。どうしようどうしよう……はっ、ってね」
「それは……そうならないように気をつけなくちゃいけませんね」
「ええ。ほんとうに。あんな人生ごめんよ。でもこんな記憶、いつまでもつのかしら」
「けれど、それはそれで実につまらないですね」
「ふふ、遼平くんって素敵なひとね」
「ありがとうございます。けど、夢の中――夢といっていいのかもわかりませんけど、その中のぼくたちにもこうして記憶を引き継いでいる様子はないですし。いつか、かなり幼いうちに、忘れてしまう幻想なのでしょうね」
「……」
「どうしたんです?」
「いいえ。今生きているわたしたちまで、胎児の夢だったらどうしようって」
「大丈夫ですよ。どうせ覚えちゃいないんですから」
「……ねえ、わたし、もしかして、二十五歳で死ぬのかしら」
「大丈夫ですよ。どうせ覚えちゃいないんですから」
もうすぐお惣菜は半額。赤子の母は重たい腰を上げる。
鴉と一緒に、帰りましょ――。