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究極のツンデレ

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 年末、私の祖母が死にました。87歳でした。
 アルツハイマーやら糖尿やらと患っていて、長い事入退院を繰り返していましたが、とうとうあちらへ向かいました。
 小さい頃は夏になる度に訪れていた新潟の祖父母の家。祖父母はいつも口喧嘩をしていました。「あちこたねーすけ」(どーって事ないから)、「あっぱして寝ろ」(クソして寝ろ)だのと、口を開けば口喧嘩。仲良く喋ってる姿なんて本当に一度たりとも見た事がなかったなぁと思い出します。
 孫世代は私より年上の従兄は全て男。だから私が生まれて、女の子だと分かった時には祖母は大喜びしたそうで、私をとても可愛がってくれました。アルツハイマーを患ってからも、電話で私の話はしていたそうで(その後生まれた従妹は4人とも女だったんだけど)。
 私は家族を置いて単身、クリスマス豪雪の新潟へ新幹線で向かいました。トンネルを抜けるとそこは雪国だったという文章そのままで、本当に真っ白。目的の駅で下車し、先に現地入りしていた父の車で通夜に行きました。

 私が今まで参列して来た通夜は、受付の方に御霊前を渡して名前を書いて、椅子に座ったり正座したりしながらお経をあげられるのを聞いてお焼香をして、というものでしたが、この地域の性なのか、宗派のせいなのか、風変わりな葬儀でした。
 まず、参列者は殆どが身内。祖母から見たらひ孫まで。それと祖母の従兄弟や本家の方。近所の方は、集会所のようなところで、食事の支度をするので、参列はされません。
 それと、お坊さんが来ません。基本、葬儀屋さんが仕切ります。
 まずは清浄綿で遺体の外に出ている部分を拭き取ります。一人一回。どこでもいいから拭き取る。
 それからなるべく近親者で祖母の遺体を囲って、死に装束をまとわせます。足袋とか、六文銭とか脚絆とか、まぁ全ては覚えてないですが、とにかくそれを、近しい人間が直接遺体に触れて、紐を結びます。私は足袋を。解けないように、かた結び。豪雪の中の広い座敷。ストーブが炊かれていても寒い部屋で、祖母の身体は氷のようでした。そして、びっくりするぐらい痩せ細っていました。末期、栄養点滴の管が入らないまま一週間も命をつないだそうです。それは痩せ細るわけだ。
 祖父は一昨年の秋に会った時には、元気に歩いていたのに、この時は杖なしでは歩けない状態でした。そんな祖父は、震える手で祖母の手甲の紐を結わいていました。震えてしまってなかなか結べなくて、隣にいた従妹が手伝ってやって、やっと手甲が付けられました。
 その時、胸の前に置いてあったはずの祖母の手が、だらんと横に垂れてしまったんですね。それを祖父が震える手でもう一方の手に重ねてやって。そうしたら涙が止まらないらしく、手も震えて、「ばぁ、ばぁ」って呼んでるんです。祖母の冷たくなった手をぎゅっと握って。いつもケンカしてたあのじいちゃんが、ばぁちゃんとの別れを惜しんで泣いてるんです。それは全く当たり前の事なんだけど、あまりにも辛くて、見ていられませんでした。
 それから、遺体が乗ったシーツごと、棺におさめます。これも近親者で。勿論私も端を持って、棺に納めました。

 翌日は、こちらでするのと同じように、お坊さんがいらして、お経をあげてもらい、棺の中を花で埋め、出棺しました。
 葬儀場の焼き場で、最後に花に飾られた祖母の顔を見ました。目なんて落ち窪んでしまって、以前見た祖母とは別人になってしまっていたけれど、私の事を可愛がってくれた優しい祖母がそこにはいました。
「それでは」
 そういって葬儀場の方がキャスターを押して炉に棺をおさめ始めると、祖父が叫びだしたんです。棺に捕まろうとして叔父に抑えられても腕を伸ばして棺を叩いて。
「ばぁ、いつでもこいよ、ばぁ、待ってるぞ」
 そう言って、杖をつく手も震えてしまって、立っていられない状態になっていました。泣くしかないでしょう。そりゃ泣けますよ。あんなにケンカばかりしていた仲の悪い夫婦が、やっぱり別れ際には溢れ出る感情が抑えきれないんですよ。
 私が知る由もない、彼らが出会った頃の事。まだ若い二人はきっと毎日寄り添い合って、他愛のない話をして、農作業に勤しんで、日々をともにしていたんだなと。70年近い二人の想い出が、祖父の中では涙とともに溢れ出して、止まらないのだと。
 喪主であった叔父は気丈に振る舞っていましたが、祖父はずっと涙を拭いていました。「じいちゃん専用ティッシュ」なるものが部屋には用意されていました。

 究極の「ツンデレ」に出会った気がしました。
作品名:究極のツンデレ 作家名:はち