神様 お願い
「おまえ、どんな願かけた?」
帰り道、タカヒロがおれとヤスシに聞いた。
「家内安全」
おれとヤスシはふざけて答えた。
「情けねぇ〜〜。彼女すらいないのに」
三人とも高校で三年間クラスが一緒だった。 卒業してから十年、大学も仕事もそれぞれ違ったが、しょっちゅう会っては飲んだり、遊んだりしている仲間だ。
「なら、おまえはどんな願かけたんだよ」
と、おれがタカヒロにきくと、やつはまじめな顔で言った。
「あの子に会わせてくれって」
「はあ?」
おれたちがあきれた声をだすと、タカヒロは益々まじめな顔をした。
「だって、あさって同窓会じゃないか」
あ、そうだ。あさっては卒業して初めての同窓会だ。
「あの子って、だれだよ」
すかさずヤスシが聞くと、
「ナミちゃん」
と答えたタカヒロは、妙に子どもっぽい表情をした。
おれはどきっとした。あの頃、片思いをしていた子だ。
「ええ〜〜」
ヤスシが素っ頓狂な声をあげた。
「おれもナミちゃん、好きだったんだ」
え? 三人とも同じ子を好きだったのか?
「おまえは? ハルキ。もしかして?」
「お、おれはちがう。一組の……」
二人に責められたが、当時、マドンナだった子の名前を言ってごまかした。
三日、おれはわくわくしながら会場へ向かった。
十年──か。
なにをしているんだろう。もう結婚しててもおかしくない年頃だもんな。でも、すごく変わっていたらいやだな。勝手な思いだけど。
「あの子が変わっていませんように」って願かければよかったかなぁ。
名簿を受け取ると真っ先に彼女の名前を探した。出席者には丸がついている。
「あ〜〜あ、ナミちゃん欠席だ」
タカヒロはがっかりしている。当然おれも。
何人かの女子が声をかけてきたが、なんとなく高校時代の面影があって、すぐにわかった。もっともまだ三十前だしな。
タカヒロはナミちゃんのことを聞き出している。おれは他の女子の話に適当に相づちを打ちながら、タカヒロの話に耳を傾けていた。
ナミちゃんと仲の良かった女子の話では、どうやら彼女は病気らしかった。
重いのかどうかははっきりしなかったが、なんとか彼女の居場所がわからないものかと気が気ではなかった。
同窓会から二ヶ月経ったある日、おふくろに付き添って、とある田舎の病院へいくことになった。頭に小さな腫瘍が見つかったのだ。
脳の病気に関して日本でも指折りの医者がいるところだそうで、それにしちゃずいぶん田舎だと思ったが、設備は充実しているらしい。
なんでも新しい放射線治療だとかで、ピンポイントで腫瘍をやっつけるから、患者は痛みも苦痛も、まして副作用もなく治療を受けられるという。
検査の結果一週間ほどの入院になり、病室へ案内された。
「あれ?」
病室の名札に見たことのある名前があった。
「今日からお世話になります。よろしく……」
おれが挨拶すると、窓の方を見ていた女の人が振り返った。
その顔を見て、一瞬、時が止まった。
「まあ、ハルキ君?」
「ナ、ナミちゃん」
ナミちゃんはガンに冒されていた。何度も手術しても治らず、血管に転移してしまい、いつ死ぬかもしれないという状況になったそうだ。
「でもね、ここにきて、この治療で生きる希望がもてたの」
おれは泣きたいのをこらえて、黙って聞いているだけだった。
「それに、神様にお願いしていたの」
「なにを?」
ナミちゃんははにかんで言った。
「ハルキ君にあわせて下さいって」
神様。ありがとうございます。
おれは心の中で叫んだ。