ガラス細工の青い春
15
高校三年に上がり、クラス替えが行われた。進学組と就職組、理系と文系に別れた。過去につるんでいた七人とは全て分かれ、清香は富山と同じクラスになった。
隣のクラスになった優斗は、時々教室に顔を出し、富山の顔を見に来ているくせに、富山の所には行かず清香の席に来る。思いの外照れ屋なのだなと思うと、優斗を応援してやらなければと使命感にかられ、富山に優斗を推す。
「ねぇ、優斗の事はどうなってんの。もうちょっと時間くれーって言ったままじゃん。優斗、毎日とみーの顔見に来てるのに」
富山は少し吹き出すのを我慢して身体を震わせ、我慢しきれなくなった所でぶわっと笑った。
「清香って鈍いねー。町田君が本気で私に惚れてると思ってんの?」
鈍いという言葉に頭を殴られたような気がして「何だとー」と言い返す。
「町田君は、あ、これ内緒ね。町田君は、私に告白するという名目で私に近づいて実は、清香が部活では元気にやってるか、とか、クラスではこんな風なんだけど、フォローしてやってよ、とか、そう言う話をしにきたのだよ。ほら、清香色々あったじゃん」
もう一度ハンマーで殴られたような衝撃を受ける。今度は異質だ。優斗は本気で富山に気があるのだと思い込んでいた。全ては清香のための行動だったなんて、思いも寄らなかったのだ。
「知らなかったんだ?」
「知らなかったよ、そりゃ。だってとみーがタイプなんだって言ってたんだもん」
あいつ後でフルボッコ、と呟くと「内緒って言ったでしょ!」と釘を刺され、仕方なく清香は頷く。
そうなると、今でもこの教室に顔を出すのは、自分を心配しての事なのか? と疑問がわく。嬉しい反面、いつまでも守られていてはいけないという思いもあり、双方が交錯する。
体育は男女別二クラスの合同で行われる。清香のクラスは、咲のクラスと合同で、何とも気が進まない合同体育だ。清香は毎週この時間が憂鬱で仕方がない。
この日の種目はバスケットボールだった。積極的にボールを拾いに行く富山に対し、清香はいつも通り、コートの隅っこをほっつき歩いて、教師に「真面目にやれ」と指を指される。富山は何でも全力で立ち向かうタイプの典型で、その性格が買われて今はバレー部の主将を担っている。
富山のチームがコートに入って行き、清香はコートサイドに座って休憩をしていた。もう汗ばむ季節になっているけれど、手に持つタオルの必要がないぐらい、清香は動いていなかった。
隣に、人影が近づき、そこに腰を下ろす。見ると、咲だった。清香は思わず目を見開く。
「何か、超久しぶりじゃない? 清香と喋るの」
清香は煙たそうな顔で「はぁ」と声を漏らす。相変わらず「超」の発音が耳障りで耳を塞ぎたくなる。咲は上機嫌の様子で清香の顔を覗き込むと言った。
「あのさ、色々あったけど、仲直りしようと思ってるの。仲直り、して?」
首を傾げ、口には笑みすら浮かべている。咲の思いを滅茶苦茶にしてやりたかった。清香の胸の中にはどす黒いものが渦巻いていた。
「無理」
きっぱりと言いきった清香は、ボールの行方を目で追いながら、咲がその場から離れるのを待った。
「え、何で?」
至近距離からの強い視線を感じる。理由まで言わなければいけないのかと大袈裟に溜め息を吐き、「あのさ」と切り出す。
「教科書を池に落とされたり、名前を伏せて陰口を言われたりした事が、ある? どんな気持ちか分かる? 弱い子だったら登校拒否するかも知れないし、自殺するかもよ。自分がやった事がどんなに酷い事だったか、もう少し考えてみたらいいと思うよ。そしたら、こんなに軽い感じで謝れないから」
ひんやりとした床に手をついてその場から立ち上がり、コートの反対側に退避した。同じ空間にいたくなかった。近くで呼吸をしていたくなかった。そこまで拒絶する自分に、清香自身も驚いた。コートを挟んで対面した咲は、明らかに顔を赤らめ、それは怒りによるものであろう事は容易に想像できる。自分の思い通りに行かない事には怒りで反応。まるで子供だ。
「清香さん」
教室で肩をぽんと叩かれ、「その声は優斗」と後ろを向くと、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら優斗が立っている。清香の前の席に腰掛けてこちらへ向くと「最近どうすか」とやにわに言いだす。
そう言えば、と優斗に訊こうと思っていた事を思い返す。
「ねぇ、中学の時にさ、どうやって周りと仲直りしたの?」
一瞬顔を固くした優斗だったけれど、すぐに緩み、「何となく、が多かったかもな」と言う。
「何となく、か。謝られたりはした?」
「したよ。何度か」
「許した?」
キョトンとした目で清香を見遣り「当たり前じゃん、仕返し怖えぇもん」と数回、瞬きをする。
「さっき体育の時、咲に謝られたんだけど、無理って言っちゃった」
優斗は金髪をぽりぽりと掻きながら「らしいっちゃらしいけどよぉ」と諦観したような顔つきをする。
「男はそうでもないけど、女はしつこいじゃん。また標的にされたら、どうすんの」
そうだよねぇ、とぼんやり視線を宙に向けていると、優斗が口を開く。
「まぁ困った事があったら俺様に相談する事だな。一応、顔利くし。川辺達とも話せるからさ」
視線を優斗に戻し「あんた、ほんっとに優しいんだねー」と長いため息みたいに言うと、優斗は目を伏せて少し大人びた笑い方をし、何も言わずに教室を出て行った。