ガラス細工の青い春
9
新学期に入り、席替えが行われた。くじ引きでランダムに並ぶ筈の席替えで、掃除用具箱の前に優斗と雅樹が並んで座っているのは、誰かに何らかの圧力がかかったが故だろう。清香は窓際の一番前になってしまい、優斗達と同じように級友に声を掛けて席を替わってもらった咲達とは離れた。一方圭司は廊下側の前の方になって、これまた一団から外れた。休み時間はいつもの面々にわざわざ加わりに行くのが面倒に思った清香は、声がかかるまでは席を動かなかった。
集団で群れているのは楽しいけれど、そこにしか居られなくなる寂しさという物も感じ始めている。級友はもっと沢山いるのに、彼ら、彼女らとの交流が殆どない。だれも八人組の中に割って声を掛けてくる者はいない。目立たない級友の中に、もしかしたらとても気が合う人間がいるかもしれないし、清香が知らない事を沢山知っている人間がいるかもしれない。同じメンツで群れているのは気楽である一方、誰かと群れたり、誰とも群れず一人でいる事よりももっと難しいのは、多くの人と話す事だと清香は感じる。
「清香!」
突然自分を呼ぶ声が聞こえた方に目を遣ると、白いボールが清香めがけて飛んできていた。寸での所で顔の前に手を出し、手の平に勢い良く当たったボールは、跳ね返って天井の蛍光灯を直撃した。幸い休み時間で、偶然にもその直下には誰も座っていなかったけれど、破片は歪な雨みたいに降ってきて、床に散らばった。通りかかった教師が「何の音だ」と教室に入ってきて絶句する。
「誰だ、これやったの」
教師の声に清香が応えようとすると「俺」と二人の声が重なる。声の主は圭司と優斗だ。
「違う違う、俺だよ。リフティングが飛んでったんだよ」
優斗が圭司を制してそう言うと、教師は「町田かぁ。ったく。ほら、ふざけてないで掃除しとけ。怪我すんなよ」と言って去って行った。優斗はへらへらしたまま掃除用具箱を開けて、ほうきとちりとりを持って割れた蛍光灯を集めはじめた。清香は黙っていられずに優斗のそばへ寄る。
「ごめん、つーか何で自分がやったなんて言ったの」
優斗はへらへらと笑う顔をそのままに顔を上げた。
「だって俺らがいきなりお前にパスしたんだもん。俺らが悪い」
それでもパスを飛ばしてきた方向にいたのは圭司だった。優斗は圭司の分も罪を被っている事に、清香は気付いている。
「手伝うよ。ちりとり持つから」
そう言ってしゃがみ、優斗と共に蛍光灯を片付けた。ふと目をやると、圭司は自分の席に着いて頬杖をつきながら面白くなさそうにこちらを見ていた。
「あの、き、清香ちゃん、明日日直でしょ」
目の前におずおずと差し出されたのは学級日誌で、立っていたのは三上さんという目立たない大人しい級友だった。
「あぁ、ありがとう」
ぱらぱらと日誌を見ると、今日の分は三上さんが書いていて、清香はその字の美しさに目を奪われた。
「三上さん、すっごい字、奇麗だねー」
日誌から目を上げて三上さんを見ると「そんな事ないよ」と言って真っ赤に頬を染め、目の前でぶんぶんと手を振っている。
「隣のページに書くの嫌だなぁ、三上さんの字、トレースしたいぐらいだよ。すっごい奇麗」
困ったような顔で笑うと「じゃぁ」と言って逃げるように自席に戻って行く。
目立たない子。というよりは、日頃気にした事がなかっただけで、目立たない訳ではないのかも知れない。清香に対して少し話し掛けづらそうにしていたのが気になった。周囲から見ると自分は浮く存在なのだろうか。清香だけではない。あの集団が皆、浮いているのかも知れない。自分達が基準になってモノを見ていると分からない。実は自分達が浮いている、という事実。
「清香、お弁当食べるよー」
咲の声が飛んでくる。毎日の事だ。浮いている場所から抜け出すのはそうそう容易ではないという事実もまた然り。