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 紗織ちゃんがきれいなのは顔だけだよね、と言われたことがある。自分の顔が世間で美人だと言われるものであることはわかっている。それで妬まれていることも。だがわたしより顔の醜いであろう彼女たちを貶すことは出来なかった。
「紗織ちゃんって、きれいな顔してるよね」
 これが褒め言葉ではないことを、わたしは知っている。わたしを困らせたいのだ。わたしの眉間の皺を楽しみたいのだ。そんなことないよ、と言えば彼女達は憤慨する。ありがとう、と言っても、彼女達は憤慨する。一度、あなたの方がかわいいじゃないなどと柄にもないことを言ったら、これまた大層憤慨された。どう答えても陰口の内容は変わらない。かわいいからって調子に乗らないで。いやもしかすると彼女たちと友達になれる返答の仕方があるのかもしれないが、わたしには見当もつかぬ上、恐らく口に出そうとすると、二酸化炭素のやや増えた空気ばかりが出るのだろう。

 下校途中、話し声はいやに小さいにも拘らず、厭らしい黄色い笑い声ばかりが大きい集団がいた。抜かしていく勇気も無く、距離を保ちつつ後ろをつけた。
 時折吹く向かい風が、彼女達の笑い声をのせてきた。どうせならわたしの憂鬱も、乗せていってしまえばいいのに。などと馬鹿なことを考える。
 足に何かがぶつかった。少し中身の入った缶コーヒーだった。靴が汚れた、不快。
 また、向かい風。缶はわたしを見捨てて転がった。
 ひとり、またひとり、彼女達もひとりずつ減っていく。家の場所は彼女たちにとって残酷だ。ひとりで帰るわたしには、関係のないこと。
 信号待ちでふと前を見ると、さっきの子達の中にいた彼女。当然のことながら、追いついてしまった。
 ――今日のご飯はなんだろう。
「あ、紗織ちゃんだ」
「紘奈ちゃん……こんにちは」
 なぜ、わたしに話しかけたのだろう。少し怖かった。正直、名前が合っているかどうかの自身もないくらいの子だ。反応からして、どうやら正解だったようだけれど。
「ええっと、紗織ちゃんは、好きな男の子とかいないの?」
 なぜ、そんなことを聞くのだろう。いつもの彼女たちに相談すればいいようなことを。
「あたし、好きな男の子がいるの。だけどね、みんなに相談すると、カノジョいないみたいだしコクっちゃえとか、そんなんばっかりなの。なんていうか、そんなんじゃなくって、うまく言えないけど。でもね、なんていうか、そんなんじゃないの。紗織ちゃん――あ、紗織ちゃんって呼んでもいいかな?」
「……いいけど」
 ちゃんをつけて呼ぶことに、なぜ許可が必要なんだろうと思ったが、彼女達の世界ではそうなのだろう。わたしには、関係ない。
「ありがと!」
 紘奈ちゃんは笑った。
 ちゃん付け許可制度を純粋に疑問に思い見下しかけたが、彼女達の世界にもこんな笑顔が存在するなら、それでいいやと思った。
「えっと、それでね。紗織ちゃんっていっつもひとりで本読んでるから、なんかこう、アドバイスとか? くれないかなあって」
 確かにわたしは本を読んで過ごすことが多いが、恋愛小説ばかり読んでいるわけじゃない。大した助言ができるわけがない。
 そういえば、わたしは無許可で彼女のことを、紘奈ちゃんと呼んでいる。
「えっと……紘奈ちゃんは、今、コイしててしあわせなの?」
「……えへへ、なんか恥ずかしいね。うん。しあわせ」
「なら、それでいいじゃん」
「……へ?」
 彼女はほんとうに、心から、わからないという顔をした。
「別に紘奈ちゃんがコクったりとかしたくないんなら、したくなるまでしなくてもいいんじゃない」
 彼女は、わたしを故郷へ帰ってきた英雄を見る様な目で見た。彼女の世界の狭さを思った。いや、わたしの世界も同じように狭く、それぞれはじめて触れあっただけなのだろう。
「紗織ちゃん、ほんっとありがとう! じゃあね。ほんとに今日はありがとう!」
 紘奈ちゃんはぱたぱたとマンションへ入って行った。
 紘奈ちゃんはいい子だと思った。わたしが知らないだけだった。
 明日、おはようと言ってみようかと考えた。
 ブレーキの音が聞こえた。熱い。

 わたしは潰れたわたしの顔を見下ろした。車のタイヤに顔で触れるなんてはじめてだ。熱い熱い。醜い。
 マンションの屋上すらも下にある。どこか遠くで煙が上がっている。野焼きだろうか。そういえば、紘奈ちゃんの部屋はどこなのだろう。
 誰かを見くだすとはこんな感覚なのだろうかと、暫し酔った。
作品名:見下す 作家名:長谷川