ACT ARME3 失くしたものと落としたもの
男は、必死に逃げていた。
誰から、何から逃げているのかもわからないのに。
自分が、何者なのかもわからないのに。
「はぁ・・・・はぁ・・・・。」
息が切れる。肩が上がる。体力などすでに限界を切っている。
それでも、必死に逃げ続けていた。
「いたぞ!こっちだ!」
「くっ・・・・!」
どこか、休める場所は?休息がほしい。
だが、その希望はかなわず、男は闇夜に紛れて、ただひたすらに逃げ続けるしかなかった。
「い〜や〜。のどかだねぇ。」
「・・・・・・・・。」
「この陽だまりの温かさも、もうすぐ終わってしまうのかと思うと、悲しいものがあるよね?」
「・・・・・・・・。」
「でもまあ、そしたら今度は別の楽しみを見つければいい話だけどさ。」
「・・・・・・・・。」
「レックもそう思わない?」
名指しで呼ばれ、それまで無視を決め込んでいたレックが、ついに反応した。
「あのさあ、感慨にふけるのはそっちの勝手だけど、その前にまず掃除を手伝ってくれないかなあ?」
季節は晩春、もうすぐ梅雨に入ろうかとしている時、こちらはすでにじめじめと湿った空気が漂っていた・・・。
「どうしたの?そんなジトってした声を出して。そんな話し方まで梅雨に備える必要はないと思うよ?」
「だったら今すぐ掃除手伝って。」
ほんわかと話すルインと、どんよりと話すレックは、実に対照的で絵になる。
「まさか、ここの家の持ち主がここまでグータラだとは思わなかった。ここに引っ越してから一度も掃除してないとかどんだけなんだよ。挙句そのすべてをボクに押し付けてくるし。」
頭に付けた三角巾が激しく揺れる。
「おまけにこの家、本当に広いから毎日掃除しなければいけないし、確かに家賃はタダだったけど、水道光熱費はきっちり払わないといけないからここで別のバイト探す羽目になったし、家主は見ての通りグータラだし!」
このまま無限ループしそうなレックの愚痴を、ルインが宥めて抑える。
「まあまあ、そんなに愚痴ばっかり言ってると、幸せが逃げるよ?それに、水道光熱費のことはともかく、掃除やその他家事についてはやってくれって一言も言ってないよ?」
「ま、まあそれはそうだけど・・・。」
「レックが来てもこの家は使ってない部屋たくさんあるからさ。掃除は別にしなくてもいいって考えてるんだよね。だからレックも別に無理して掃除する必要なんてないよ?」
一応宥めているつもりらしい。しかし。
「それでもボクは気になるんだよ。ルインは埃だらけの家で生活してて平気なの?」
「うん、全然平気。」
「あっそう。」
性格の違いを理解するというのは、なかなかに難しいことである。
「とりあえず・・・。はい。」
と、レックは手にしていた雑巾を先端に付けた棒(早い話がクイッ○ルワ○パー)と、頭に着けていた三角巾を突き出す。
「えっと・・・・、これは?」
「ボクは今から特売に行ってくるから、代わりに掃除お願い。」
「え〜〜〜〜〜?」
不貞腐れるルインを一喝。
「え〜〜〜〜〜?じゃない!ボクのバイト代だけで切り盛りできるほど世の中は甘くない!」
「いや、本業の方だってちゃんとやってるじゃん。」
ぐちぐちと反抗するが、効果はないようだ。
「本業の収入って、ボクのバイト代の4分の1しかないってこと、知ってる?」
「え?まじで?」
「まじで。まず依頼者が来る回数が少ない。加えて依頼料が出鱈目だから一度に入る収入も少ない。こうなるのは当然だと思うけど。とにかく、ボクが帰ってくるまででいいから掃除お願い。」
レックの必死な説得に、しぶしぶながらも応じる。
「は〜〜〜〜〜〜い。」
「返事は短く!」
「はーい。」
「全くもう。」
ため息をつきつつ、出かける支度をするレック。その背中は、齢16にして、すでに苦労を背負い込んでいた。
「重い・・・・。」
両手だけでなく、首からも買い物袋を提げているレック(良い子のみんなは真似しちゃダメダメ)が呻く。
これは決して無駄な買い物をしているわけではない。家にあるものを調べて、必要最低限の物を買いそろえた結果こうなっている。
「なんだって、こんな、大変な目に、あって、いるのさ?ボクは。」
近くに誰もいないのだが、こういう時は一人でも愚痴りたくなるものである。
「なんか、本当にものすごい貧乏くじ引いたような気がするなあ。そういえば、ボクがあそこに住むって決めたときに、アコとツェリライはお通夜の参拝者みたいな目をしたたっけ。あれってこういうことになるってわかってたからなのかなぁ・・・。」
そう独り言を呟きながら歩いていると、なにやらよくわからない物体が。
「なんだろう?これ。」
貧乏くじを引くものというのは、往々にして自分から首を突っ込んでしまうものなのである。ご多分にもれず、レックもまたその一人だった。
近づいて確かめてみる。それは、服だった。袖から腕が覗いている。脚もある。あと、遠くからでは分からなかったが、頭もある。
間違いなく倒れている人だ。
「これって・・・」
腕がわずかに動く。生きているようだ。だが、服がびしょ濡れだ。そういえば、昨日は土砂降りだったような・・・。
「ってことは、昨日からここで倒れっぱなし!?ちょっと大丈夫ですか!!?」
倒れている人は、呼びかけてもピクリとしかしなかった。
「あー、掃除は、めんどいな〜♪」
と、ルインは適当な替え歌を歌いながらも、のんびりと掃除をしていた。
「んー、レック遅いな。どこで油売ってるんだか。中途半端に掃除して、残りは押し付けようと思ってたのに、もう終わるよ。全く。」
何が全くだ。
と、ここでレックが帰ってきた。
「あ、レックお帰り。遅い――――――。」
続けざま文句を言おうと思っていたルインの言葉が止まる。
それもその筈、レックは両手と首に買い物袋を下げ、背中に男を乗せた状態で帰ってきたのだ。
当然、両手は買い物袋でふさがっているから、おんぶをすることはできない。だから体を完全に直角に折り曲げて、無理やり背中に乗っけている状態になっている。
はたから見れば、苦行をやっているようにしか見えない。
「―――――時にレック君。その背中に乗っけているものはどこで買ってきたのかな?」
「ジョークは、い、いいから、なん、とか、お願い。」
この言葉を最後に、レックは力尽きた。
「レックゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
ルインの叫びにも、レックは答えなかった――――。
「・・・・これで、しばらく安静にしておけば大丈夫でしょう。二人とも。」
「そう、よかった〜。」
十数分後、ルイン宅にいつものメンバーが集まる。
「で?なんでこんな状況になってるんだよ?てか、一体こいつは誰なんだ?」
グロウの最もな疑問に答えられるのは、只今熟睡中なので、誰も答えることができない。
「パッと見、行き倒れの人みたいだけど・・・。」
「やれやれ、レックは拾いもの症候群だったんだね。」
「とりあえず、どちらかが目を覚まさない限り、事態は進展しないですね。」
「そうだね。事情が事情なら、レックみたいに居候させてあげてもいいんだけどね。」
ぱっと聞いただけでは、善行に思えること言葉も、ルインが言うと話が変わってくる。
誰から、何から逃げているのかもわからないのに。
自分が、何者なのかもわからないのに。
「はぁ・・・・はぁ・・・・。」
息が切れる。肩が上がる。体力などすでに限界を切っている。
それでも、必死に逃げ続けていた。
「いたぞ!こっちだ!」
「くっ・・・・!」
どこか、休める場所は?休息がほしい。
だが、その希望はかなわず、男は闇夜に紛れて、ただひたすらに逃げ続けるしかなかった。
「い〜や〜。のどかだねぇ。」
「・・・・・・・・。」
「この陽だまりの温かさも、もうすぐ終わってしまうのかと思うと、悲しいものがあるよね?」
「・・・・・・・・。」
「でもまあ、そしたら今度は別の楽しみを見つければいい話だけどさ。」
「・・・・・・・・。」
「レックもそう思わない?」
名指しで呼ばれ、それまで無視を決め込んでいたレックが、ついに反応した。
「あのさあ、感慨にふけるのはそっちの勝手だけど、その前にまず掃除を手伝ってくれないかなあ?」
季節は晩春、もうすぐ梅雨に入ろうかとしている時、こちらはすでにじめじめと湿った空気が漂っていた・・・。
「どうしたの?そんなジトってした声を出して。そんな話し方まで梅雨に備える必要はないと思うよ?」
「だったら今すぐ掃除手伝って。」
ほんわかと話すルインと、どんよりと話すレックは、実に対照的で絵になる。
「まさか、ここの家の持ち主がここまでグータラだとは思わなかった。ここに引っ越してから一度も掃除してないとかどんだけなんだよ。挙句そのすべてをボクに押し付けてくるし。」
頭に付けた三角巾が激しく揺れる。
「おまけにこの家、本当に広いから毎日掃除しなければいけないし、確かに家賃はタダだったけど、水道光熱費はきっちり払わないといけないからここで別のバイト探す羽目になったし、家主は見ての通りグータラだし!」
このまま無限ループしそうなレックの愚痴を、ルインが宥めて抑える。
「まあまあ、そんなに愚痴ばっかり言ってると、幸せが逃げるよ?それに、水道光熱費のことはともかく、掃除やその他家事についてはやってくれって一言も言ってないよ?」
「ま、まあそれはそうだけど・・・。」
「レックが来てもこの家は使ってない部屋たくさんあるからさ。掃除は別にしなくてもいいって考えてるんだよね。だからレックも別に無理して掃除する必要なんてないよ?」
一応宥めているつもりらしい。しかし。
「それでもボクは気になるんだよ。ルインは埃だらけの家で生活してて平気なの?」
「うん、全然平気。」
「あっそう。」
性格の違いを理解するというのは、なかなかに難しいことである。
「とりあえず・・・。はい。」
と、レックは手にしていた雑巾を先端に付けた棒(早い話がクイッ○ルワ○パー)と、頭に着けていた三角巾を突き出す。
「えっと・・・・、これは?」
「ボクは今から特売に行ってくるから、代わりに掃除お願い。」
「え〜〜〜〜〜?」
不貞腐れるルインを一喝。
「え〜〜〜〜〜?じゃない!ボクのバイト代だけで切り盛りできるほど世の中は甘くない!」
「いや、本業の方だってちゃんとやってるじゃん。」
ぐちぐちと反抗するが、効果はないようだ。
「本業の収入って、ボクのバイト代の4分の1しかないってこと、知ってる?」
「え?まじで?」
「まじで。まず依頼者が来る回数が少ない。加えて依頼料が出鱈目だから一度に入る収入も少ない。こうなるのは当然だと思うけど。とにかく、ボクが帰ってくるまででいいから掃除お願い。」
レックの必死な説得に、しぶしぶながらも応じる。
「は〜〜〜〜〜〜い。」
「返事は短く!」
「はーい。」
「全くもう。」
ため息をつきつつ、出かける支度をするレック。その背中は、齢16にして、すでに苦労を背負い込んでいた。
「重い・・・・。」
両手だけでなく、首からも買い物袋を提げているレック(良い子のみんなは真似しちゃダメダメ)が呻く。
これは決して無駄な買い物をしているわけではない。家にあるものを調べて、必要最低限の物を買いそろえた結果こうなっている。
「なんだって、こんな、大変な目に、あって、いるのさ?ボクは。」
近くに誰もいないのだが、こういう時は一人でも愚痴りたくなるものである。
「なんか、本当にものすごい貧乏くじ引いたような気がするなあ。そういえば、ボクがあそこに住むって決めたときに、アコとツェリライはお通夜の参拝者みたいな目をしたたっけ。あれってこういうことになるってわかってたからなのかなぁ・・・。」
そう独り言を呟きながら歩いていると、なにやらよくわからない物体が。
「なんだろう?これ。」
貧乏くじを引くものというのは、往々にして自分から首を突っ込んでしまうものなのである。ご多分にもれず、レックもまたその一人だった。
近づいて確かめてみる。それは、服だった。袖から腕が覗いている。脚もある。あと、遠くからでは分からなかったが、頭もある。
間違いなく倒れている人だ。
「これって・・・」
腕がわずかに動く。生きているようだ。だが、服がびしょ濡れだ。そういえば、昨日は土砂降りだったような・・・。
「ってことは、昨日からここで倒れっぱなし!?ちょっと大丈夫ですか!!?」
倒れている人は、呼びかけてもピクリとしかしなかった。
「あー、掃除は、めんどいな〜♪」
と、ルインは適当な替え歌を歌いながらも、のんびりと掃除をしていた。
「んー、レック遅いな。どこで油売ってるんだか。中途半端に掃除して、残りは押し付けようと思ってたのに、もう終わるよ。全く。」
何が全くだ。
と、ここでレックが帰ってきた。
「あ、レックお帰り。遅い――――――。」
続けざま文句を言おうと思っていたルインの言葉が止まる。
それもその筈、レックは両手と首に買い物袋を下げ、背中に男を乗せた状態で帰ってきたのだ。
当然、両手は買い物袋でふさがっているから、おんぶをすることはできない。だから体を完全に直角に折り曲げて、無理やり背中に乗っけている状態になっている。
はたから見れば、苦行をやっているようにしか見えない。
「―――――時にレック君。その背中に乗っけているものはどこで買ってきたのかな?」
「ジョークは、い、いいから、なん、とか、お願い。」
この言葉を最後に、レックは力尽きた。
「レックゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
ルインの叫びにも、レックは答えなかった――――。
「・・・・これで、しばらく安静にしておけば大丈夫でしょう。二人とも。」
「そう、よかった〜。」
十数分後、ルイン宅にいつものメンバーが集まる。
「で?なんでこんな状況になってるんだよ?てか、一体こいつは誰なんだ?」
グロウの最もな疑問に答えられるのは、只今熟睡中なので、誰も答えることができない。
「パッと見、行き倒れの人みたいだけど・・・。」
「やれやれ、レックは拾いもの症候群だったんだね。」
「とりあえず、どちらかが目を覚まさない限り、事態は進展しないですね。」
「そうだね。事情が事情なら、レックみたいに居候させてあげてもいいんだけどね。」
ぱっと聞いただけでは、善行に思えること言葉も、ルインが言うと話が変わってくる。
作品名:ACT ARME3 失くしたものと落としたもの 作家名:平内 丈