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悠久たる時を往く

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        魔導師達の時代。魔導の暴走。レオズスの支配。


[原始の色と魔導]

 忌々しい儀式に塗り固められていたとはいえ、ジェネーア・ラミシス、そして漆黒の導師スガルトが遺した魔導の資料は膨大であり、また魔法の研究を大きく前進させるものであった。
 シング・ディールらヘイルワッドの魔法使い達は、世界を彩る“原初の色”と、魔法との相関関係を明らかにした。すなわち、魔法とは世界に存在する“原初の色”を抽出してはじめて行使が可能であるということである。その考えに基づき、とうとう魔法体系の頂点である魔導が確立した。
 それまでの魔法は、あくまで術者本人の魔力(つまり術者に宿る原初の色)のみを魔法の触媒としていたのだが、魔導は世界に存在する原初の色からも魔力を抽出し、発動させるのだ。しかしその高度な発動原理ゆえ、世界の理《ことわり》を把握していないものには行使すら不能である。
 シング・ディールは魔導師を名乗っていたが、この称号はやがて魔法を行使する者にとっての最高の誉れとなり、その位を手に入れるために魔法使い達は競って魔導の研究を始めた。

 300年代も終わりに近づく頃になると、魔導の向かうべき究極の姿が明らかにされる。

 このアリューザ・ガルドに存在するすべての色を交わらせた究極の色、“光”を生み出すことこそが魔法の究極なのだ。

 より強力な魔導を求める魔導師達は、術を行使する色の力場に複雑な紋様を織り込むことで魔導が強化されるのを発見した。これを呪紋といい、呪紋を含んだ魔導を使いこなす者を特に“呪紋使い”と呼んだ。
 また、原初の色を増強するために世界の四カ所に魔導塔が建造された。四つの魔導塔が交差する線上にある地域こそ、かつてのアル・フェイロス王国の王都であり今は遺跡と化したティン・フィレイカであった。

 アズニール暦400年代は、魔導の研究の最盛期である。この時代には多くの有能な魔導師達が世に出たが、その中にユクツェルノイレとウェインディルの名がある。
 ラクーマットびとのユクツェルノイレ・セーマ・デイムヴィンは若くして魔導を極めた者として有名である。彼は魔導を学びはじめた当初から頭角を現し、僅か六年目、年齢にして十九歳の時に魔導師となったのだ。彼の二つ名は“まったき聖数を刻む導師”である。
 魔導師の位に就くのは、体内に宿る原始の力を最大限に活用できるバイラルのみであると思われていたが、ウェインディル・ハシュオンは例外であった。エシアルルの彼は、水の事象界へと連なる原初の色を差し引いてもなお膨大な魔力を有していたのだ。彼はユクツェルノイレに師事した。ウェインディルは多くの魔導師の中でも群を抜いた魔力と知識を持っており、“礎の操者”や“最も聡き呪紋使い”の二つ名で知られるようになる。
 この二名の魔導師は、後述するレオズス支配を阻んだものとして広く知られるようになるのだ。



[魔導の暴走]

 光という究極を追い求める魔導師達は、いつしか魔導の本質を見失ってしまっていた。結果として、人の手に余る力はついに氾濫してしまったのだ。

 アズニール暦425年。四つの魔導塔からは極限まで高められた魔力が放出され、魔導師達にすらくい止めることが叶わなかった。
 この悲劇こそが“魔導の暴走”である。かたち無き力は世界中に波及し、各地に壊滅的打撃をもたらしてしまった。
 ユクツェルノイレやウェインディルを筆頭とした魔導師達が対策を講じるも、解決策は見いだせなかった。根本的な解決法は、魔導塔に凝縮された“原初の色”を、アリューザ・ガルド外の世界に封じ込めることと、魔導そのものを行使不能なように封印することであった。後者はともかくとして、前者は人の力ではどうにも出来ないのだ。

 しかし428年、魔導の暴走は突如収まった。自然消滅したものと当初は思われていたが、実際には、事態を重くみたディトゥア神族のレオズスが四つの魔導塔に入り、“原初の色”を消し去っていたのだ。
 だが人間達の喜びもつかの間であった。
 あろうことかレオズスは“混沌”の欠片をアリューザ・ガルドに呼び寄せていたのだ。さしもの彼をもってしても自身のみでは魔導の強大な力をくい止めることは出来なかったため、彼は苦肉の策として、“混沌”の力を借りることで暴走を抑えたのだ。
 しかしながらレオズスは“混沌”に魅入られてしまい、この太古の力の手先となってしまった。そして宵闇の公子は、アズニール王朝ひいては人間に対して隷従を強いたのである。



[混沌に魅入られたレオズス]

 宵闇の公子は、北方エルディンレキ島の魔導塔を自らの居城とした。人間にとって、かつての冥王君臨にも似た暗黒の時代が訪れることとなるのだが、レオズスは冥王とは異なり、配下をいっさい持たなかった。その代わりに彼には禁忌の力、“混沌”があったのだ。
 レオズスに刃向かう者に対しては“混沌”の力をけしかけ、存在そのものを抹消してしまった。また、レオズスはエルディンレキ島周辺に“混沌”による結界を作りあげ、例えディトゥア神族であってもこれを越えることは叶わなかった。

 しかし、このレオズスの君臨を阻んだのは三人の人間であった。
 431年、ウェインディルは預幻師クシュンラーナ・クイル・アムオレイ、剣士デルネアとともにレオズスの封印を、この世ならざる剣“名も無き剣”をもって打破した。そして居城に乗り込み、壮絶な戦いの果てに宵闇の公子をうち破ったのである。
 深く傷ついたレオズスは、イシールキアをはじめとしたディトゥア神族によって裁かれた。レオズスは神族より追放され、以来その姿を見ることはなくなった。

 事の発端となった魔導の知識は封印されることになり、魔導の行使は不可能となった。また、魔導の塔に残存していた魔力の源は、魔導師達によって厳重に封じ込まれた後、アリューザ・ガルドから離れた次元へと持ち去られたという。



[アズニール王朝の崩壊と失われた大地]

 魔導の暴走が消え去り、レオズスの支配から脱却したとはいえ、アズニール王朝の体制はレオズスに対する隷従のために弱体化しており、かつての栄華を取り戻すことなくアズニール王朝は崩壊してしまった。
 それまでも独立の動きを見せていた諸侯は一斉に挙兵し、アズニールの広大な領土は割かれた。乱立する小国同士は互いに争い、アリューザ・ガルドは戦乱の時代を迎えることになってしまった。

 災禍が過ぎ去ったというのに訪れることのない平和。レオズスを打倒した三人の英雄は、その状勢を憂えた。
 当時彼らはイルザーニ地方にて手厚い待遇を受けていたのだが、433年にひそかにその地を離れ、カダックザード地方へと移った。
 以来彼らの消息は絶たれるが、437年のカダックザード西部消失事件そのものに関わっていた事がその後明らかになる。
 この消失事件とは、カダックザード地方の西部がある日、光に包まれて忽然と無くなってしまったことをいう。
 後に残ったのは、まるで地面を根こそぎえぐり取ったような大断崖。その南方に存在していたであろう大地はいつしか、“失われた大地”と呼ばれるようになった。
作品名:悠久たる時を往く 作家名:大気杜弥