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『砂漠と森と、水』

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陸だけが続く世界。
この星に存在するのは緑と黄、ただ二色。

1色は果てなく続く
闇を懐に抱く、深い森。

1色は果てなく続く
身を焦がす、乾いた砂漠。

どちらも違うが、どちらも同じ。
どちらも獣人達を1日と生かしては置かない。


森には水があった。
ただ、共に深い絶望も存在した。
凶暴な生物達、恐ろしいイキモノが跋扈する。

砂漠には水がない。
ただ、何もない事だけがあった。
照りつける太陽と死んだ大地が横たわる。

そして選択があった。
危険の住む、森。
命のない、砂漠。


獣人達は砂漠に街を作った。
生き残る為の頑丈な城壁で囲まれた街だ。
そんな街にはたった1つの欠点があった。
あってはならない欠点だ。

水だ。


最初、井戸を掘った。
だが、直ぐに井戸は枯れてしまう。
皆が力を、知恵を出し合って水を求めた。
交代で休み無く井戸を掘った。
生きる事が水を求める事だった。
それ以外に何があるのか、獣人達は知らなかった。


 * * *


やがて1つの転機が訪れる。
“水守り”と呼ばれる者達の登場だ。

彼等が居なければ、未だ獣人達はただ

命を芽吹かせ

水を求め

乾きを癒し

死んでいっただろう。


彼等はいったい何者なのか?
それは分からない。
偶然か必然か、ただ彼等は自然と現れた。


最初の“水守り”の話をしよう。

彼女は雌の獣人だった。
まだ、やっと走り回れるようになったばかりの少女。
妹の世話を良く見る、どこにでもいる少女。
しかし、始まりの少女。

灼熱の太陽が見つめる何時かの日。
彼女はふと思った。
匂いがする、と。
水のいい匂いだ。
新鮮で、透き通るような水だ。
嗅いだ事など無い。
本能が覚えている匂いだった。

水が私を呼んでいる、と。
フラフラと歩く彼女の足取りはおぼつかない。
しかし、熱砂を踏みしめる一歩は強固な意思の表れ。
彼女はソコを見た。
彼女には見えた。
水の流れが、うねるさまが。
足元に広がる水が。
そして気づく、逆だったのだ。

水を呼んだのは、
自分だ、と。

大人は彼女の話を信じなかった。
皆に子供の夢物語を聞いてやれる余裕など、当に無かった。


10日後。
街は瀕死だった。
水が、ない。

掘っても掘っても、水は沸かない。
今まで、辛うじて水が出ていただけなのだ。
いずれは街の地下水も、枯れる。

大人は諦め、思った。
この巨大で強固な壁で囲まれた街は、
これは自分達の墓場だと。

少女はソコに行った。
水を感じる場所だ。
ここに水があるのは間違いない。
感覚の全てが、そう、教えてくれる。
原始の記憶が、そう、確信させる。

幼い手で、砂を掘った。
一時間でも微か、二時間でも僅か、三時間で少し、
砂を掘った。

乾きの街に、音が聞こえる。
休まず、止まらず、砂を掘る音だ。
堀り続ける音が、聞こえる。
だが誰の耳にそれが聞こえようか。
街はゆっくりと死んでいっているのだ。


翌日、街は限界だった。
皆は、思った。
今日この日、太陽が沈む頃前に、終わりが訪れるだろう。
皆は、諦めた。

一人だけ例外がいた。
少女だ。
まだ、その手は砂を掘り続けていた。
静かに死に行く街で、ただ一人。

街の為?

生への執着?

意地?

どれも彼女を突き動かすものではない。
使命感だ。
それだけが彼女を突き動かし、その体を止めない。


それは丁度、午後になった時だ。
少女の手に砂以外のものが触れた。
水だ。
透き通る、冷えた水だ。
少女は初めて見るその水を、
懐かしい、と思った。
美しい、と思った。
出会えた奇跡に感謝した。

貪るように、その水を飲んだ。
そして思う。
この水を全ての獣人達へ、と。

しかし、少女の体はもう限界だった。
いや、限界は当に過ぎていた。
彼女を生かしていたのは、水だ。
水が彼女に力を与えていた。
水こそが命なのだ。

彼女は思った。
ならば私は水になろう。
命を育む水になろう。
そう、思った。

少しずつ湧き出ていた水が静止する。
水が尽きたのか?
いや、微かに揺れている。
地面が、水が、揺れている。

瞬間。
爆発が起きた。
そう表現するしかない、大瀑布。

まず、街の中央で吹き上がる何か。
次に、獣人たちは空に何かを見た。
光を反射する細かな何か。
ポツリ、ポツリとその何かは地面に落ちた。

皆、立ち上がり。
何かの正体を知った。
水だ。
直ぐに、水は空から止め処なく降って来る。

皆、跪き空から水を飲んだ。
この土地での初めての雨。
どこかで少女がクスリと笑うのを皆が聞いた。


家族が探しても、彼女は何処にも居なかった。
街中で探しても、彼女は何処にも居なかった。
彼女は水になったからだ。

探さなくても、ソコに居る。
何時でも、ソコに居る。
彼女が水になったからだ。

街の者は皆、彼女の話を思い出し。
泣いた。
涙を流した。
その涙も、また、彼女だ。


 * * *


こうして初めての“水守り”が登場し、消えた。
水守りの物語はこれでお終いなのか?
いや、違った。
引き継ぐ者が現れたからだ。

彼女には妹が居たのを覚えているだろうか?
彼女の妹の『彼女』は水守りとなった。
血は関係ないのだろう。
受け継がれたのは、使命だ。
受け継がれたのは、意思だ。

彼女は皆の為に水を呼んだ。
その優しい水は、優しい姉の面影だった。
水が見守ってくれている、
姉が見守ってくれている、
そう思った。


皆、水守りを見守り、崇めた。
水守りは例外なく、短命だった。
皆は水守りを尊敬し、感謝の心を忘れなかった。

水守りが死ぬと、新たな水守りが誕生した。
街の誰かが水守りに目覚めた。
水守りになった者は直ぐに自覚した。

そして自らが水守りになった事を誇りに思った。
死んでいった水守りへの感謝を忘れなかったからだ。
水守りの心を受け継いだからだ。


獣人達が水に飢える事は無くなった。
砂漠の街はオアシスとなった。
穏やかな日々が続いた。
井戸を掘る為だけの毎日は終わった。

そこには笑顔があった。
笑い声があった。


今日も街のどこかで、

少女の笑い声が聞こえる。


―『果てなく続く黄と緑』
         終わり―
作品名:『砂漠と森と、水』 作家名:ねむうさぎ