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00腐/Ailes Grises/ニルアレ

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【壁と雨】


そろそろ引越しをしないと、とアレルヤはホームの中を探索していた。
以前クリスから貰ったホームの地図を手掛かりに、無造作に増改築を施されたホームの中をぐるりと回る。
しかしなにぶん年季の入った建物だから、普段から使っていない棟は劣化が激しかった。
ホームが建つこの小高い丘の上は風がやまず、隙間風が屋内を襲う。
住処にするにはかなりの修繕が必要だろうと考えながら、そのうちの一部屋の窓から身を乗り出して外の風景を眺めた。
ここの棟から見える景色はとてもいい。
見事な程の冬晴れが遠く壁の外まで続いて行く。
街の煙突から立ち上る煙。変わる事無い町並みの中心に立ち聳える時計塔。
そして、壁。
何気無く視線を階下へと向けると、今日洗濯した沢山のシーツに姿を隠されながら、彼は絵筆を握っていた。
イーゼルを立てて、風吹きすさぶ丘の上に立っている。
彼――ロックオンはカンバスに筆を押し付け、壁の外を睨んでいた。
誰かから隠れるようにロックオンはそこにいたのだ。
探索を中止してアレルヤは廊下に飛び出し廊下を駆け戻った。
階段の踊り場で足を滑らせてしまいそうになったが、なんとか体勢を立て直しながら駆け下りてロックオンの元へと走る。
走らないと、ロックオンが絵を描くのをやめているかもしれない。
何処かへ行ってしまうかもしれないと、そんな事すら頭に浮かばないくらい一心にアレルヤは走った。
よかった、ここにいた。その十数歩手前で立ち止まり、ほっとしたように息を吐いて、走って乱れた呼吸を整えた。
絵を描くのをやめず、何処にも行かないで欲しいと思ったのはその時だった。
大丈夫、いつも通りに。自然に。そう自分に言い聞かせて馳せる心臓を落ち着かせる。
そしてアレルヤは、あたかも今気付いたかのように声を掛けた。

「……風景画も書くんですね」
「ん、ああ……今日は綺麗な空だったから」
「ほんとうに」

最近、あまり会話が長続きしない……とアレルヤは思った。
気のせいだろうか。ロックオンが絵を描いているからだろうか。
先日図書館の手伝いに出た時に倒れて以来、少し、アレルヤには自身に対するロックオンの態度が変わったかのように思えた。
『じきに解る』
そう、ロックオンは言った。
あれから一週間経った。背中の痛みは完全に引いたが、時々発作のように刻印が、筋肉が熱を持つ。
全く理由の分からない熱にアレルヤは魘されている。


「――人物画は描かないの?」
「あんまり、得意じゃないんだよな」
「そうなんですか……見てみたかったなあ」
「いや、無くはないぞ?無くは」

アレルヤの言葉にロックオンはおどけて答える。
実はアレルヤが明確に彼の絵を見たのは、今日が初めてだった。
陽の光を浴びる彼の絵は、草や木々、空が息衝いているように見えた。
風景画も、と言ったが、彼が夜中に没頭して時間を忘れてまで描くあの絵の存在が何なのか、アレルヤは未だ知らない。
人物画は得意では無いと言うロックオンにアレルヤは残念がった。
おそらくあれは、人ではない。
人ではない何かの瞳をロックオンは描き続けている。
であるが故に、その瞳の存在感にアレルヤは少なからず惹かれていた。
あれ程の才能があるのにも関わらず、ロックオンは近くにいるみんなを描いていないのだ。
それはひどく、悲しいことだとアレルヤは感じた。

「……お前がいた棟の、奥の部屋に置いてあるから、」

見ておいで、と言葉で背中を押される。まるで邪魔だと言われているような、曖昧な線引きの向こう側へと追いやられた。
――気付いていたのか。窓から見ていたことを。
大人しくまた来た道を戻る。今度は足を踏み外したりしないようしっかり足元を見ながら。
ゆっくりと階段を登り、ロックオンを見付けた部屋からもう一度彼の姿を見た。
筆を置いてひらひらと手を振られた。笑っている。
アレルヤはロックオンのことを、ずるい、と少し思った。
そのまま部屋を見て回る。元々は、引っ越し先探しだったのだ。
暫くするとロックオンの言っていた部屋へと行き当たった。
たくさんのカンバスが壁に立て掛けられていたり、イーゼルが何脚も置かれていた。
室内は暗く薄汚れたカーテンで閉められていて、微かな光が雨戸の隙間から差し込んでいる。
真っ黒に塗り込められた壁一面に曇天の空に泥のような雲、地面には石礫が道のように描き敷き詰められた絵が壁一面に描かれていた。
その石礫の道のさらに遠く地平線から一筋の光が此方を向いている。蛇のような長い、黒いものの先端にその光は描かれていた。
不思議な絵だ。
真っ黒な部屋には古びたカンバスと新しいカンバスが入り乱れている。
十数年は経っているだろう、それらは新しい絵とは少しタッチが違う。荒々しくも精密に、その殆どは人物画だ。

「それは俺のじゃないよ」

あまりにもたくさんの絵だったので戸惑っていると、外で絵を描いていた筈のロックオンが背後に姿を現した。
絵の具に汚れたエプロンを脱いで、部屋に置いてあったらしい椅子の背凭れに掛けられる。
気になって来ちゃった、とその穏やかなロックオンの微笑みを向けられると、アレルヤの頬が熱くなるような気がした。
薄暗い部屋で良かったとアレルヤはその熱さを受け入れる。
ロックオンに知られぬまま頬を赤く染め、アレルヤは彼のその優しさを再度痛感する。

「俺の絵のせんせい。……っつても、会ったことは無えんだけど」
「何十年かくらい前の絵です……よね」
「うん、だいぶん昔の灰羽の先輩が描いたやつだって」
「ふぅん……で、どれが貴方のなんですか?」
「これ」

一枚の肖像画だった。
黒髪の女性。
白い布に覆われて、その存在感は曖昧だ。

「…………もしかして、マリナさん?」
「よく、分かったな」
「なんとなくでしたけど」

アレルヤが言い当てるとロックオンは意外そうに瞳を丸くした。
描かれた女性は黒い髪に、透き通る硝子のような青い瞳。
肌も絵の具を塗ってあるのか分からない程白く描かれていた。
一体どういう気持ちで、ロックオンはこの絵を描いたのだろう。
クリスが言った、結婚しないという意味。
図らずもアレルヤはそれを詮索してしまう。
ズキズキと刻印が痛んだが、もうその痛みに慣れてきてしまっていた。
考えるな、という信号を遮って、それでも思考したかった。
ロックオンはマリナのことが、好きだったのだろうか。
クリスの気持ちは知っているのだろうか。

「刹那がどうしても描いてくれって」

また、知らない名前が出る。
自分がいない時の、彼の事を知らないという事実がアレルヤに突き付けられた。
今だってまだロックオンの事を殆ど知らない。
何ひとつ、知りはしない。
それが繭から生まれた灰羽の仕組みかのように、何も持たず生まれて来てしまったのだから。

「その刹那、って人も……灰羽?巣立っちゃったの」

足元に波が襲う。
血の気の引いたような、それとも何かがせり上がってくるような。
――焦り。そんなように感じた。
彼の表情に波風をたてるように、その感情に対する苛立ちをそのまま言葉にした。
マリナに墓を作ったように、彼女をこうして描き遺したように、巣立つ人たちに何かしらの感情を抱いているのなら。