空き缶タワーとホームラン
「脚立って案外重いんだな」
駅から大学までの約十分間の道のり。毎日寝呆けた頭で辿るその歩道のど真ん中に、見知った顔があった。大学入学と同時に知り合った一人の友人だ。
「何してんだ」
「見ればわかるだろ? 空き缶タワーだ」
「はい?」
「どうだ凄いだろう!」
通勤通学ラッシュのこんな時間帯に、人の往来をものともせず大きな脚立をドカンと広げて、ひたすらに空き缶を積み上げている男。朝っぱらから何ともシュールな絵面を見せつけてくれる。地上三メートル弱ほどに伸びた空き缶タワーを称えるように両手を広げ、誇らしそうに笑う彼を見上げる。呆れてしまう思いが半分と、多少羨ましい気持ちが半分。
「その脚立、もしかして家から運んで来たのか? 電車で?」
「当たり前だ。もちろんこの空き缶たちも、一週間前からこつこつ集めていた。俺は隣県の公園のゴミ置き場にまで足を運んだぞ! 空き缶のためだけに!」
「……正気か」
「当たり前だ」
人の目を全く気にせずにこんなことが出来てしまう。入学当初から何かと奇行の多い彼、堀田宏太郎は、思い立った阿呆なことはとにかくやり遂げないと気が済まない性質だ。どんなに馬鹿馬鹿しいことでも、行動することに意味があるんだと言いながら飛び出して行ってしまう。
どうしてこんな人間と友人なんかやってるんだろうか。
「そして更に、ここに取り出しました一本のバット」
「次は一体なんだ」
「創造の後には何が宛がわれるべきか?」
「はい?」
「創造の後には」
そう囁くように言った堀田は、脚立の頂点で振りかぶったバットをこれでもかとしならせ、力を溜めた。その一本のバットに、全てを込める。そんな勢いで握りしめられた両手の指の節は、白く変色していた。
太陽の光が照っている。後光のように彼を後押しする。
「破壊だ」
途端にけたたましい音が空間を支配する。堀田が力一杯振ったバットの軌跡が見事な弧を描き、積み重ねられた空き缶の一つに直撃した。均衡を失った『空き缶タワー』は、達磨落としの要領で瞬く間にバラバラと崩れ落ち、ッカァン! ガラガラガラガラ……。
空き缶の群れが降ってくる。
「……もう一度、訊いてもいいか」
「もちろん」
「正気か?」
「当たり前だ!」
俺と堀田は友人だ。かけがえのない友達だ。
しかし、時折、いやごく頻繁に、疑問に思うことがある。
「俺、どうしてお前なんかと友達なんだろう」
空を見上げながら、思わず呟いてしまった。当の本人はそんな言葉などお構いなしで、満足そうに額の汗を拭いつつ風を正面から受けている。その姿はとてつもなく輝いてみえた。
バットの一撃を受けた名誉ある一つの空き缶は、陽の光を受け煌めきながら飛んでいく。
ホームラン!
大学一の変人、堀田宏太郎はやりきった笑顔でそう叫んだ。
作品名:空き缶タワーとホームラン 作家名:yueko