魔法の砂時計
恐竜をこの目で見る事が出来る。プテラノドン。トリケラトプス。ティラノサウルスにはぞくぞくさせられる。
歴史上の偉人にも会える。写真を撮ったり、直に握手したり、上手くいけばサインだってもらえる。織田信長や、ジャンヌ=ダルクや、始皇帝。ポーやディケンズ、芥川やカフカでもいい。今の人がそれを信じてくれるかは別問題だけど。そうだ、シャーロック=ホームズに会いに行こう!…ああ、実在の人物じゃないとダメだ。という事は、デュパンも無理か。
よくSF映画なんかでは、歴史を変えてはいけないと言われてる。どんな悲しい過去も、どんな残酷な出来事も、絶対に手を出してはいけない。あるがままにしておかなきゃ。
目の前の惨事を為す術もなく見守るだけ。街が焼き払われ、人々の大切な思い出が消し去られる。
小さな少女が殺された。腰の曲がったおじいさんが殺された。目の見えない少年は母親の名前を呼んだ。足の動かなくなった父親が子どもの亡骸に手を伸ばした。僕は見ているだけ。
剣が血走る。銃口が火を吹く。手は赤く染まり、身体には焼けただれたような臭いがまとわりつく。それはある青年。僕は見ているだけ。
僕には出来ない。ただじっと見ているだけなんて。歴史が変わり、罪無く奪われた無数の命が笑顔を取り戻す。その代償として僕らが消えても、それと同じ数だけの命が幸せを取り戻す。
それが命の連鎖なの?
僕の勇気が新たな命の犠牲を生むようにできてる。今ある命は、過去の無数の命の上に成り立ってる。
それでも、死すべき生命があったなんて、僕は信じない。
僕は砂時計をひっくり返す。元の場所へ、元の居場所へ。僕は目を覚ます。しょせん、そんな魔法の砂時計なんてあるはずがない。そんな物があってはいけないんだ。
過ぎてしまった事をどうにかしたいと願うよりも、これからの自分にできる事が、するべき事があるような気がするんだ。こたつに潜りながら、そんな風に考えたんだ。