ほくろ
夕食の代わりに、僕はシュークリームを食べた。ドライフルーツの入ったケーキ、マーブル模様のシフォンケーキ、アーモンドクリームのパイ、白ワインの香りがする桃のコンポート。冷蔵庫の扉を開けっぱなしにしたまま、僕は手を伸ばして何でも食べた。今後もバクのように、虚でも無でも何でも食べ続けてやる。僕は指についたクリームを舐めながらそう思った。
かたんと音がして目が覚めたのは、おそらく深夜だったと思う。妻が目の前に立っていた。
「おかえり」
「ただいま」
音も無くすっと膝をついた妻は、眠る唯愛の額を撫でた。
楽しかった? そう声をかけようとして、僕はとどまった。妻は泣いていた。声もなく、静かに泣いていた。妻は泣きながら、唯愛の髪を撫でていた。そして娘を抱き上げ、乳を含ませた。
眠っているはずなのに唯愛は勢いよく吸い付いた。静かな夜に、こくんこくんと乳を飲み下す小さな喉の音が響く。白い滴が一滴、一滴、唯愛の体の中に落ちていく。そのしずくの落ちる音を、僕はぼんやりする意識の中で聞いていた。
唯愛を寝かせ、妻が僕の隣に横たわった。僕は後ろから妻の体を抱きしめた。
妻の体はこわばったが、拒否はしなかった。たばこの臭いが髪に漂っていた。その臭いを吸い込んで、こどもができるついこの前までは、ふたりとも喫煙者だったことを思い出した。煙草の臭いはそのまま、僕らの臭いだった。僕は妻の髪の臭いを吸い込み、腕の力を込めた。再び眠りが訪れるまで、ずっとそうしているつもりだった。