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フェル・アルム刻記

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<フェル・アルム史>

フェル・アルムは建国千年を迎える。ここに、フェル・アルムの民の間で広く知られる歴史を記す。

〈立史以前〉
 世界には偉大なる力、すべてにしてひとつのミルド・ルアンのみが存在していた。
 ミルド・ルアンは幾兆の昼夜にわたり、永遠とも思えるほど長いこと存在していたが、ついに命が尽き、かの身体は粉々に砕け散った。
 フェル・アルムの大地はそれによって形作られたが、世界は混沌に覆われており、ミルド・ルアンの魂から発生した我々人間も、混迷の中でただあがくのみであった。


〈ユクツェルノイレによる建国〉
 まだ秩序が存在しない世界において、人間は集落ごとにまとまった生活をしていたが、世界がどれほど大きいか知らない人間たちは[未知の領域には魔物が棲む]と考えてひどく恐れた。また、他の地域に住む人間たちと遭遇したときには、彼らを“魔物”と信じ込み、各地で小競り合いを繰り返していた。

 混沌の極みにあった大地を平定したのは、南方域の人間達であった。彼らは十分に組織化された大勢力でもって各地に進入、大きな戦いに陥ることなく、各地に秩序をもたらした。
 その大勢力の長こそがユクツェルノイレである。ユクツェルノイレは大いなるミルド・ルアンの体より生じた大地の神クォリューエルと、人間の娘との間に生まれたとされている。かの白銀の髪は輝かんばかりであり、常に身に纏《まと》う真紅の衣とあいまって、百フィーレ先からも彼だと分かったようである。
 ユクツェルノイレは、大地を平定すると即座に軍隊を解放した。各地の民は、叛乱することも混乱に陥ることもなく、世界に秩序をもたらしたユクツェルノイレを英雄として歓迎した。

 ユクツェルノイレは、生まれ故郷アヴィザノに戻ると、唯一の国家、“大いなる千年”フェル・アルム建国を宣言し、自ら神君としてフェル・アルムを統治、善政を敷いた。
 ユクツェルノイレの治世は長く、フェル・アルム暦一六八年に彼が崩御するまで続いた。(この時の年齢は二百歳近くだと伝えられる。人間の寿命を考えても極めて長い)
 神君ユクツェルノイレは彼の遺言どおりアヴィザノ北のアヴィザノ湖に水葬され、湖中央の小島には“偉帝廟《いていびょう》”がつくられた。この時よりアヴィザノ湖はユクツェルノイレ湖と名を変えている。
 千年を経た今でもユクツェルノイレの名は絶大であり、フェル・アルムの民は一年の始まりに必ず、偉帝廟に向けてひざまずくという習わしがある。また王宮におけるすべての儀式のはじまりに、国王――ドゥ・ルイエは必ず偉帝廟の方角を向いて一礼する。


〈ニーヴルの反乱〉
 フェル・アルムの歴史は、平穏なままに千年が過ぎようとしていた。
 しかし、建国以来はじめての惨劇が起こった。フェル・アルムの民は、これを“ニーヴルの反乱”と呼ぶ。

 ことの発端はフェル・アルム暦九八七年。前年から天候が極めて不順であったために南部の穀倉地帯では大不作となり、帝都アヴィザノを中心に食糧不足が深刻なものとなった。
 国王ドゥ・ルイエ皇の政策もはかばかしく運ばず、それを不服に思った一部のアヴィザノ市民が、九八七年のはじめ、王宮であるせせらぎの宮に侵入、聖なる王宮を爆破したのだ。幸いにも死傷者はなかったものの、今までなかった反逆行為にフェル・アルム中が震撼した。
 反逆者達はすぐさま捕らえられ、処刑されたが、悲しいことに彼らの遺志を継ぐものがセル山地、ルミーンの丘にて決起、自らを反逆集団“ニーヴル”と名乗り、アヴィザノに侵攻した。彼らの力は侮れず、一時期はアヴィザノ城壁まで押し寄せんばかりの勢いをみせた。しかし、彼らの暴虐を許さない各地の騎士達が一斉に決起し、ニーヴルを、クレン・ウールン河、ウェスティンの地まで追いやった。
 ウェスティンの決戦によって“ニーヴルの反乱”は決着をみた。 だが、歴史上唯一にして最大のこの合戦は多くの犠牲者を出し、ウェスティン近隣の村々も甚大な被害を受けた。
(死傷者双方あわせ公称五千人。実際には一万人以上といわれる)

 今年、フェル・アルムは立史千年を迎える。ニーヴルの惨劇から人々は立ち直り、新たな時代に向けて立ち上がろうとしている。




『覚えておくがいい。フェル・アルムには“真実”と呼ばれる“嘘”がそこら中に転がっていることを――』

作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥