フェル・アルム刻記
「聖剣は今、本来持てる“力”を発揮していないのだろう。何かしらのきっかけがあれば……そう、おそらくは……」
〈帳〉は言葉を止めた。
「ガザ・ルイアートは、純粋たる“光”を持っている。我々魔導師が追い求めたものの、ついに求めることが出来なかった究極の色、“光”。それこそが“混沌”をうち払う鍵を握っていると思いたい……」
「冥王のことは、わたしもおじいちゃんから聞いたことはありますけど、じゃあ“混沌”というのは何なんですか?」
今度はライカが訊いた。
「“混沌”か……」
北にある漆黒の空を見上げて〈帳〉はつぶやいた。
「“混沌”。実のところ私にもよく分からない。だから私の知る限りにおいて話そう。アリュゼル神族達が存在するより遙か昔。その頃の世界には“色”などは存在せず、荒ぶる古き神々が支配していた。“混沌”は神代において、世界に存在していた大いなる力の一つ、と言われる。
「……それ以上は私も分からない。文献をあさってみたところで、“混沌”の正体など出てくるはずもない。次元の狭間、イャオエコの図書館であっても、“混沌”に関する明確な本があるかどうか……。ただ言えることは、“混沌”に飲まれてしまったが最後、二度と現世《うつしよ》に戻れないということ。抽象的な存在ゆえに、倒すことなどが出来ないこと。唯一出来うるのは、遙か彼方に追いやることだけであろう」
「追いやる……その役目を果たせるのが聖剣、か」
「左様。そして、何よりルード、君自身の意志なのだよ」
ルードは黙ってうなずき、光を持たないガザ・ルイアートを鞘に収めた。
神封じの聖剣。この剣が本来持っている“力”を発動すれば、強大なデルネアとも渡り合えるかもしれない。そして、クロンを飲み込んだ“混沌”すら跳ね返すかもしれないのだ。今のルード達にとってガザ・ルイアートは、まさに希望を繋ぐ剣であった。
しかし――剣は未だ真の“力”を発揮していないのである。