K市中央区。近代以降、欧米各国との貿易の拠点として栄えたをの港町は、現代もなおビジネスの中心地として華やかに活気づいている。日中はガラス張りの高層ビルから反射した太陽光が地上に鋭く照らし、せわしない足取りで大道路を行き交うビジネスマンの影法師をくっきりと浮かび上がらせ、一方で夜には色彩豊かな看板が飲食街を賑わる。また、西洋文化を色濃く反映した建物の造形は特に若者の人気を集め、カフェやバー、高級レストラン、デートスポットなどメディアに取り上げられることも多い。この小さな島国のなかで、K市は文化の発信地として独自のプレゼンスを維持しているのである。
K市の街並みを眼下に、伊藤亜澄(いとう あずみ)は冷めきったコーヒーを口に含んだ。時刻は午後五時、空は既に夕焼けに赤く染まっている。コーヒーは三時前に母親が淹れてくれたものであったが、今まで口を付けずのままだった。酸化しているのか、嫌な苦みに少し眉をひそめる。窓に映り込んだ自分の顔は、歳不相応にやつれているように思えた。
亜澄はこの春十八歳を迎えたばかりだ。