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HEROの背中

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私はあなたが戦うこの戦場が嫌いだった
何年….数十年ここへ通ったというのに….

四角いリングの中で 
あなたが身構えて相手に挑んでいくその姿を
いつも背中から祈るようにずっと見ていた

ただ あなたの体が傷つかない事を祈り
ただ あなたが勝つことだけを願ってきた


『控室で君を待っている』
『いいの? 女の私が 戦いに挑む神聖な場所に入っても』
『今日は特別な日だから』


重いドアを開けた向こう側に あなたが背を向けて椅子に座っていた
私達に気使って周りにいたコーチやスタッフが部屋を出て行いく

あなたの戦闘態勢を整えるこの場所は…
小さな電気だけがあなたの背中を照らしていた 

その背中に向かって私は歩いて行く

『グローブの紐を結んでくれないか 覚えているだろ』
『あ…デービュー戦の時に使ったグローブじぁないの』
『君が初めてプレゼントしてくれたものだよ』
『まだ持っていたんだ…もう 古いのに』

『勝利のグローブさっ』

白い歯を覗かせてあなたが笑う

私はあなたの前に座り 左のグローブから紐を結ぶ
必ず今日も勝利の女神があなたに微笑んでくれます様にと
願いを込めて左から結ぶ 

それは静かにそして厳かに
神聖なる儀式 あなたと私の最初で最後の….

あなたの体には幾つもの勲章が光っている
右胸の小さな傷に 左の腕にひとつ
凛々しい眉の上にもひとつ そして上唇に
あなたが傷を作るたびに私は泣きながら手当をした

そう 私は泣き虫だった
あなたに初めて会ったあの病院の屋上でも

女の証である 左胸を失くして 私は悲しみの中にいた 

高い空に向かい身体を投げかけた瞬間に あなたが私を抱きとめた

あなたはまだ練習生で 肩を痛めて入院している時だった

あばれる私の体を 泣きじゃくる私の体を
肩が痛いはずなのに 何も言わず ただ抱きしめていてくれた
その温もりを 私は今も忘れてはいない

『はい これでいい』

ありがとうの言葉の代わりに
ニコリと笑って あなたが グローブにKissをした

立ちあがった あなたの背中に青い流星のガウンを羽織る
逞しくて 凛々しくて誇らしい あなたの背中が私は大好き

腰に両手を回し 私は あなたの背中を抱きしめる

『どうした?』
『大好きよ….』

その言葉をかけるのが精いっぱいで

『この試合が終わったら のんびり ふたりで旅に出よう』

あなたのグローブをした手が私の手に重ねられる

この広くて大きな背中が
一度だけ ただ一度だけ……


最悪なあの時


私達の間に芽生えた小さな命
 と同時に
神さまは 命の重さを天秤にかけた
私と….新しい小さな命と  

選べるはずなどない
私は 人が流れて行く街を ひとり彷徨い歩いていた
何故 私ばかりが….悲しみは途方もなく私を追い詰める

いいえ あなたも苦しんでいたはずなのに 
私は自分の事ばかりで 
彷徨う私を あなたはちゃんと見つけてくれたね
まめだらけになった私の足を見て あなたは哀しい顔をして

『さあ 背中に乗って』
『いい…』
『どうやってその足で家に帰るんだ!!!』
『帰らない』

無理やりに背負われた私は…また泣きじゃくっていた
本当に泣きむしな私

あなたの背中は ゆりかごの様に 私をあなたの温もりへと誘(いざな)った

『なぁ…お腹の中の小さな天使には新しい居場所を探してもらおう』
『もう……. 天使は私達の所へは来てはくれないのよ…』
『いいじゃないか ふたりで』
『あなたに良く似た男の子が欲しかった…..』

あなたの背中にしがみついて 私はまた泣いた 

『俺は….君じゃなきゃだめなんだ….君に傍に居てほしいんだ…..』

暫らくして 

あなたの背中が小刻みに震えていた 声を殺して泣いているのがわかる
いつもは 広くて大きなあなたの背中

一度だけ ただ一度だけ….小さく見えたあなたの背中

小さくて子供の様に震えていた背中
私は切なくてあなたの震える背中を抱きしめた


それから あなたは私を泣かせないために強くなっていった
どんな強豪な相手でも勇んで挑み勝利を手にしてきた
誰もが認めるヒーローにあなたはなった

重いドアが開いた

『時間です』

戦闘の用意は出来ている
いざ戦場へと向かうあなたの背中
いよいよ最後の舞台

私はあなたが戦うこの戦場が嫌いだった
だけど …. 今はとても寂しく思う
 
『ちゃんと見てろよ 君の為に勝ってくる 
  この試合が終わったら君だけのヒーローに戻るよ』

そう言って 勝利のポーズを取った

『行ってらっしゃい』

私はあなたの背中に向かって 深々と頭をさげた


FIN….

作品名:HEROの背中 作家名:蒼井月