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おぼろげに輝く

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 宣言通り、久野夫妻の家で曽根ちゃんの退院祝いをする事になった。約束の時間よりも早く曽根ちゃんを呼び出し、俺は百貨店の革製品店に彼女を連れて行った。
「いらっしゃい」
 店員さんは俺の顔を見ると笑みをこぼした。俺も「こんちわ」と返答する。
「この子が例の、ネットショップの子です」
 曽根ちゃんをそんな風に紹介したから、何も話を聞いていない曽根ちゃんは「何? 何の事?」と怪訝な顔をした。
「あぁ、ネットショップ拝見しました。うちでも多少、シルバーアクセサリーを販売してるんだけど、もし良かったら、うちにいくつか品物を置いてもらう代わりに、ネットショップで僕の商品を売ってもらえないかな」
 怪訝気な顔は一気に上気し「まじすか」と興奮してるんだかしてないんだか分からない口調で店員をじっと見ている。
「君達二人、話し方が似てるねぇ」
 店員さんは笑っている。俺も苦笑せざるを得ない。確かに似ているのだ。
「あの、ちなみにどういう品物なら置いてもらえますか?」
 曽根ちゃんは少し興奮気味に問う。店員さんはレジ近くにあるパソコンのブックマークに入っていた曽根ちゃんのページを表示し、「こういう、和風モチーフの物を好むお客さんが何人かいるんでね、こういう感じのがいいかな」といくつかを示した。
 ここから先は彼女のビジネスだと判断し、俺はその場から離れ、店の中をぐるりと見て回った。リングが入っているショーケースの中身は、以前と少し品揃えが変わっていて、一応品物は売れている事が分かる。客が入ってくるところは見た事がないが。
「じゃぁ、また来ます」
 話が終わったらしい曽根ちゃんの声がしたので、俺は表側に回った。「終わった」と曽根ちゃんは俺に言う。
「じゃぁ、よろしくお願いします」
 保護者のような口調だったが、それでも俺からお願いした事だから、言わずには済まなかった。

「いつ話をつけたの」
 曽根ちゃんは幾分興奮気味らしいと判断できるぎりぎりのラインの口調で言う。
「曽根ちゃんが刺される前の日」
「先に相談してよ、驚くじゃん」
 俺の腕をつん、と肘で押す。
「俺もこんなに順調に事が運ぶと思ってなくてさ。って別に曽根ちゃんの腕の良さは認めてるんだけどな」
「別に塁に認められなくてもいいし」
 ツン発動。
「何はともあれ、芸術で食って行くのには、悪くなくない選択じゃん。うまくいくといいな」
 俺は大袈裟に彼女の顔を覗き見ると、ぷいと顔を背けて「ありがと」と小さな声で言うのが聞こえた。
「聞こえないんだけど」
 今度は彼女が大袈裟なぐらい俺の顔を見据えて「ありがとっつったの」と口を尖らせる。ふぅ、と溜め息を吐いた彼女がおかしくて、俺は笑いながら彼女の手を握った。
「ツンデレ。無気力」
 今度は腕を捻られた。なかなか力が強い。

 久野家に到着すると、夫婦揃って「曽根山さーん!」と叫びながら玄関が開いた。俺の事は視界の隅にも入らないのだろう。仕方ない。死の淵から生還した女が、家に遊びにきたのだから。
「今日は手抜きして宅配ピザにしちゃったんだけど、いい?」
 矢部君は曽根ちゃんの上着をハンガーに掛けながら訊くので「食えれば何でもいい」と言うと「曽根山さんに訊いたの!」と一蹴されてしまった。曽根ちゃんも「食べれれば何でも」と頷く。俺はまた、自分の上着は自分で玄関のフックに掛けた。
「好きなの開けて呑んで」と冷蔵庫から発泡酒と缶チューハイが次々と出される。
「あの、心配かけてごめんなさい」
 いきなり頭を下げ、謝罪から入った曽根ちゃんに、智樹が困ったような顔をして声を掛ける。
「今日はそういうんじゃなくって、退院おめでとうだから。曽根山さんはありがとう、でいいよ」
 こいついい事言うなぁと思い、「よくできました」と少し高いところにある智樹の頭を撫でてやった。智樹は「やめっ」と謎の叫び声をあげながら俺を蹴った。
 乾杯をしたと同時に、宅配ピザが届いた。ピザ屋のお兄さんは寒そうにスースー言っている。天気予報では雪が降るかも知れないなんて言っていた。こんな中、バイクでピザの配達なんて、正気の沙汰じゃない。俺は支払いをしている矢部君の横から顔を出し、お兄さんに対し「こんな寒い中ご苦労様です」と労をねぎらうと、彼は照れたように笑って帽子をくいっとあげた。マウンドに立つ智樹を思い出す。
 外の寒さとは対照的に、ピザは熱々で、断熱技術って凄いな、と言う話になった。かなりどうでもいい。
「そういえば曽根山さん、塁からブレスレット貰ったんでしょ?」
 曽根ちゃんはピザを口に挟みながらコクリと頷いてみせた。嚥下してから「付けてるよ」と言う。
「どんな色のだったの? 見せて見せて」
 まるで女子会のノリで矢部君が言うと、曽根ちゃんはカーディガンの袖をまくり「はい」と腕を伸ばした。すかさず俺もパーカーの袖をまくって腕を伸ばす。すると久野夫妻も同じように腕を伸ばした。
 四本の腕に、少しずつ色の違う、同じ形のブレスレットが通っている。その光景は異様で、宗教じみていて、だけど嬉しくてにやけてしまう。
「すげぇな、これ。大の大人が何やってんだかな」
 俺が言うと皆、さっと腕を引いた。俺ものろのろと腕を元に戻す。
「ブレスレットを通したら曽根山さん、目を覚ましたんでしょ? 眠りの森の美女って知ってる?」
 知ってるに決まってるだろうと思ったが「知らない」と言う曽根ちゃんに驚愕した。矢部君はあらすじをかなり適当に説明し、「それにそっくりだなーって思ったんだよ」と言ってピザを口に入れた。
 すっと曽根ちゃんに視線をやると、耳を赤くしている。何が恥ずかしいのだ。俺なんてキスした王子様に例えられてるんだぞ、よっぽど恥ずかしい。
「あ、のさ」
 遠慮気味に曽根ちゃんが口を開くと、皆が彼女に注目する。
「智樹君と君枝ちゃんのさ、恋が愛に変わった瞬間って、あるの?」
 そういえば曽根ちゃんは、目覚めてすぐにそんな話をしていたっけと思い出す。俺は興味があったので対面に座る夫婦の顔を見た。何となく、空気的に智樹が口を開かなければならない感じで、智樹が「俺はぁ.....」と中空に目を遣った。
「あれかな、サークルで流星群見に行った時かな。何かあの時に、離れたくないっつーかなんつーか......」
 徐々に横方向に顔が引き攣れ、赤く染まってく。久々にこの顔を見たなぁと思うと嬉しくなる。俺は「矢部君は?」と話を振った。
「私も同じかな。塁はあの時さっさと寝ちゃったけど、あの後智樹と、流れ星に何のお願いしたかとか話してて、そん時辺りかなぁ。同じようなお願い事でね、智樹」
 口調は割とはっきりしているのだけど、顔は真っ赤で、顔を見合わせる二人を見ているこちらが恥ずかしくなるぐらいだ。曽根ちゃんを見ると、穏やかに笑みをこぼしている。優しい微笑みだった。
「いいね、同じ瞬間だったんだね」
 そう言う曽根ちゃんに、雰囲気を壊すように俺は口出しをする。
「でもこいつら、その後一度別れてんからな。俺の仲裁で仲直りしたんだからな」
 矢部君も智樹も、ムキになって口を尖らせる。
「別に嫌いになって別れたわけじゃないもん」
作品名:おぼろげに輝く 作家名:はち