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飛鳥川 葵
飛鳥川 葵
novelistID. 31338
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ゲイカクテル プロローグ ~MILK & TOAST ~

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オール・トレード商会に朝が来た。いつも通り七時半にビリーは起き、クローゼットからスーツを取り出して着替えた。ビリーの普段着はスーツだ。キッチンに行き、朝食の準備をする。
 八時になり、ビリーはアレックスを起こしに行った。ドアを開けると、昨晩痛飲したにもかかわらず、アレックスは起きていた。ベッドの上で体を起こし、涙を流しながら歌を歌っていた。
 JUST WAKE UP
 KISS THE GOOD LIFE
 GOOD BYE
「北の国の歌ですね。おはようございます。朝食ができました」
 アレックスは無言でベッドを出ると、シャツとジーンズに着替えた。そして洗面所に行き、顔を洗った。ビリーはアレックスが泣いていた理由を知っていた。今日はアレックスの亡くなった夫、ショーン・ウィンタースの命日だ。決まっていつも北の国の歌を歌う。
 アレックスがダイニングに行くと、甘い匂いが漂ってきた。今日の朝食はハニートーストとサラダとミルクに野菜ジュースだ。二人は向かい合わせで席に着き、朝食を摂り始めた。
「テレビ点けて」
 ビリーは席を立ちあがり、スイッチを押してダイヤルを国営放送に合わせた。朝のニュースが流れていた。
「新聞」
 席に戻ると言われた通りに新聞を手渡す。アレックスはトーストにかじりつきながら読む。まず三面記事を読む。すると銃撃事件のコトが書いてあった。一人死亡、一人重傷とある。アレックスは二人の名前を知っていた。死亡したトーマス・ウォレスはヤクの売人だ。重傷を負ったのは、ここホランド郡を牛耳るマフィアのドン、ロゴス・エルナンデスのお抱えガンマンのリチャード・マークス。新聞には「ヤクのトラブルか?」と書いてあったが、トーマスはロゴス公認の売人だ。ロゴスの扱っているヤクを売っている。何があったのだろう? 売上金のピンハネでもやっていたんだろうか。思案顔で顔を上げると、テレビでもそのニュースを流していた。
「なんでしょうね、この事件」
「そうだなぁ。リチャードに聞かんと分からんなぁ。今頃警察病院か。面会はできんなぁ」
「そうですねぇ。ロンじゃないと分からないかもしれませんね」
「今から電話しても面倒臭がられるだけだろうし」
「間違いありませんね」
 そんな話をしながら朝食を摂り終えると、ビリーは後片付けを、アレックスは筋トレを始めた。アレックスはもう四十二歳なので筋トレが欠かせない。太る体質ではないが、もう日課だ。仕事がない時は夜に十キロ走っている。但しその後にガンマン御用達の酒場、ディータでジャック・ダニエルのダブルをガバガバ吞む。
 ビリーが後片付けを終えた頃、玄関の呼び鈴が鳴った。ビリーが出る。
「どちら様ですか」
「オレ、ジョナス。ちょっといいかな」
「はい。今開けます」
 ビリーは鍵を開け、チェーンを外してジョナスを迎え入れた。ジョナスはロゴスのパシリで、オール・トレード商会の情報屋の一人でもある。ビリーはリビングのテーブルの椅子に座るよう促した。ジョナスが座ると、ビリーは紅茶を出した。
「悪いんだけどさぁ、まだ朝食べてないんだ。なんかあるかな」
「ハニートーストがありますよ」
「あっ、いいなぁ。それお願い」
「かしこまりました」
「ウチは茶店じゃないぞ」
「悪ぃ、悪ぃ。金なくてさ」
 アレックスは筋トレを途中で切り上げて、ジョナスの向かい側に座った。ビリーはハニートーストをジョナスの前に置き、アレックスの隣に座った。ジョナスは早速ハニートーストにかじりついた。
「で、どうしたんだ」
「どうもこうも、ロゴスさんがカンカンでさぁ」
「カンカン?」
「うん。今、共和国産のヤクが出回ってんだって」
「初耳だな。最近か?」
「うん。ここ二、三か月の話なんだけどさ。出所がはっきりしないんだ」
「どこで売ってるんだ」
「たぶん歓楽街。でもどこの店なのかも、誰が売ってんのかも分からないんだ」
「難儀だな。どんなヤクなんだ」
「シルバーブルーって名前らしいんだけどね」
「ふ~ん。そりゃロゴスもカンカンだわな」
「そうなんだよ。はい、ごちそうさん、ビリー。ありがとな。美味かったよ」
「いいえ、どういたしまして」
 ビリーは席を立ち、皿を下げてキッチンで洗った。ロゴスがカンカンだなんて大事だ。それにしても共和国産のヤクが出回っているとは驚きだ。大体そういう物はロゴスの許可が必要だ。ホランド郡はロゴスのシマなので、ロゴスの扱っているヤクしか出回っていない。ビリーは皿を拭き、水切りカゴに入れて席に戻った。
「ところでリチャードはどうなんだ」
「右肩を撃たれただけ。ただ発見が遅れて出血多量だったもんだから、重傷扱いなだけだよ」
「そうか。でもよりによってなんでトーマスとやり合ったんだ?」
「それもシルバーブルーがらみでさ。トーマスの奴、勝手にシルバーブルーを売ってたらしいんだ。そこをリチャードが見つけて言い合いになって、果ては銃撃戦」
「なるほどな。で、リチャードはどうなるんだ」
「ガイが正当防衛で通すって言ってたよ。ガイなら大丈夫じゃない?」
 ジョナスは紅茶をすすった。ガイことガイ・マシューはロゴスの顧問弁護士だ。やり手で有名である。
「リチャードは何か言ってなかったか、シルバーブルーのコト」
「ガイの話では店とかルートは分からないって。トーマスは末端の売人らしいってさ」
「誰から買ってたんだろうな」
「さぁね。トーマス死んじゃったしね。吐かせらんないや、ロゴスさんも」
「麻薬課も動いているのか?」
「らしいよ。殺人課と合同だって話だよ。ガイが言ってた」
 ジョナスは紅茶を飲み干すと席を立った。アレックスとビリーも席を立ち、三人で玄関まで行った。
「紅茶もごちそうさん。じゃあ、なんか分かったらロゴスさんに電話して」
「分かった」
 ジョナスは玄関を出ていった。アレックスとビリーは困惑顔だった。ヤク荒らしは初めてだからだ。ボスが誰かも分からないし、出所も分からない。おまけにロゴスはカンカンだ。何をしでかすか分からない。歓楽街が荒れるかもしれない。
「なぁ、オーランド郡だと思うか?」
「共和国と国境接してますしね。疑わしいと言えばそうですね」
「困ったな。ムニョスからも何か言われそうだなぁ」
「その可能性は大ですね」