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午後の再会

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午後の再会




 雪沢啓二は携帯電話のアラーム機能を目覚まし代わりにしている。朝になって前夜設定した時刻に好きな曲の再生が始まっても、大抵は目が覚めない。煩さに反応し、殆ど眠っている状態でなんとか音を止めようと思いながら手探りで音の源を掴んだ。
アラーム設定を解除すれば音楽もバイブレーションも止まるのだが、その作業は少し複雑なため、目が覚めていないとできない。半ば眠りながら、それをしようとしているうちにもっとけたたましく本当の目覚まし時計が鳴りだす。それを止める方が簡単なので布団から出て止めに行き、そのあとで携帯電話の音を止めた。目覚まし時計だけでは音を止めて布団に戻ればまた眠ってしまうので、携帯電話を併用している訳である。
 五分間隔で五回分のアラーム設定を解除して漸く朝になったことを自覚した雪沢の朝食は、コーヒーとトーストパンだ。それを身体の中に納めてから彼は窓の外を窺った。 
 雨だ。かなり激しく降っている。今日は学校へ行く必要があるので余計に気が重くなった。出かけるのは午後なので天気が良くなることを期待しながらテレビをつけた。
旧式のブラウン管テレビはちょうど天気予報の画像を映していた。名古屋は雪が降っているので関東でも雪に変わるかも知れないが、積もることはないだろうと若い女子アナが云った。
 雪沢は級友に本を貸す約束を思い出した。それを持って住まいから出ると、すぐに足元が濡れた。
「雪沢さん?」
 電車の中で本を読んでいると、そんな声がした。声を発したのは若い女性だと思った。眼を上げると、スタイルの良い女性が立っていた。
「……」
「西野です。同じ高校に通っていた……」
 見覚えがなかった。
「済みません。思い出せません」
「あっ、その本」
「えっ、この本?」
「それ、わたしがあなたに貸した本です」
「そ、そうなんですか?これは大好きな本だから、親友に読んでもらう約束をしたんです。これから学校へ持って行くところなんですよ」
 それを最初に読んだのは五年くらい前のことだった。読む度に泣かされる感動的な本なのに、昨夜級友の浅沼にそれを云うと、知らないという。浅沼は将来小説家になりたいと云っている男なので、雪沢はぜひ読んでもらいたかった。
 だが、実はその本を買った記憶がないのだった。雪沢は座席から立ち上がった。おりる駅に着いたからだった。雪沢は本の持ち主を駅の近くのカフェに誘った。
「修学旅行のとき、飛行機で雪沢さんが隣の席だったんですよね。そのときにこの本をわたしが読んでいて、この小説がどれほど感動させたかを話したんです」
 そうだったかも知れないと、雪沢は思った。そして微かだが、記憶が蘇ってきた。
「ああ、そうだったんですね。西野さんは、何度も読んだ小説だから、ということで貸してくれることになったんですね」
 雪沢は忘れていた名前を思い出した。しかし、その後の西野麻美の記憶は欠落している。急に学校から姿を消したのだった。それどころか、空港に着いた直後に消えてしまったような気がする。
 そうだった。その後、麻美を学校の中で捜した記憶がある。今もそうだが、あの頃の彼女もちょっと個性的で、独特の魅力があった。ほのかな、つかの間の恋だったのかも知れなかった。
「あのとき、空港から家に電話したら、父が交通事故に遭って病院に運び込まれた直後でした。なにか、虫の知らせみたいなものが感じられて、それで家に電話したんです。そしたら、隣の家のおばさんが出て、麻美ちゃん、お父さんが事故に遭って病院に……」
 すぐ横の席で、麻美はそこまでしか云えずに泣き崩れた。雪沢は麻美の肩を抱いた。彼女は暫くの間泣き続けた。
ガラス張りの向こうの街には相変わらず驟雨が叩きつけている。
 漸く泣きやんだとき、彼女は云った。
「父が亡くなるとわたしは高校に通うのもやめてしまったんです」
「学校の中で捜したんです。でも、手がかりなくて……本を返します。申し訳ない」
「いいんです。だって……」
 麻美はバッグから同じ本を出して見せた。
「昨日の夜のことですよ。古本屋でみつけたんです。そのとき、雪沢さんに逢えそうな予感がしました。わたしも、あれからずっと啓二さんを捜していました。あっ、雪」
 いつの間にか雪になっていた。まるで、吹雪だった。雪沢は麻美の柔らかくて温かい手を握った。麻美も握り返した。

              了
作品名:午後の再会 作家名:マナーモード