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飛鳥川 葵
飛鳥川 葵
novelistID. 31338
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ボトルの底

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僕は起きていて、生きている。
 うんざりするような長い、長い闘いの中で、息が詰まりそうになりながらも。
 延々と続く闘い。
 僕の信念と現実との闘い。
 未だにその隔たりは大きい。
 綺麗事が通用しないのは分かりきっている。
 そんなのは僕も嫌いだ。
 でも性善説を信じたい僕も居る。
 誰でも美しい心を持っているのだと。
 でも現実を見てみると疑ってしまう。
 僕はおかげで酷く混乱する。

 一人の小さな子供を見つけた。
 通りで独りで静かに泣いていた。 
 周りには人がいるというのに、誰にも訴え出てはいなかった。
 僕には悲痛に見えるのに、誰も助けようとはしなかった。
 何故だろう?
 不思議に思ってその子に近づいた。
 しゃがんで顔を覗き込んでみた。
 刹那、僕の心は引き裂かれた。
 誰も手を差し伸べなかった理由。
 人通りの多い方の頬は微笑んでいた。
 己の真の心を読まれないようにと、この歳で。
 現実がその子の心を蝕んでいるのは明らかだった。

 ここには悪意が満ちている。
 それだけとは思いたくはない。
 でもあまりにも小さくて見落としてしまう。
 素通りしてしまう。
 当たり前の善意だからこそそうなのかもしれない。
 誰も気づいていない、気にも留めない善意。
 それが本来の姿なわけがない。
 触れれば分かるのに、誰もそうしない。
 誰もが木枯らしの中にいる。
 襟を立てて身を縮めて早足で通り過ぎていく。
 これが現実。
 僕の中でまた何かが壊れていく。
 僕の信念が揺らぐ。

 どこもかしこもぬかるみ。
 足を取ろうという悪意が見える。
 確かなものが何も見えない。
 だだっ広いぬかるみ。
 それ以外に何もない。
 何も生まれない。
 ただずっとそこに悪意が渦巻いているだけ。
 僕には地から手が出ているのが見える。
 誰でも引きずり込もうという、主体性のない手が。
 それ以外に目的もなく、当然のように存在意義も見出せず、虚ろに手をひらめかせている。
 そんな世界、これが現実。
 僕はむせび泣くしかない。
 その嗚咽も虚ろに響く。
 響くだけマシ。

 温かい。
 温もりを感じる。
 僕が望んでいる温かさ。
 何もかも穏やか。
 とげとげしさも冷たさも痛さも感じない。
 こんな時間がずっと続けばいい。
 こんな空間がそこら中にあればいい。
 でも気付いたんだ。
 ここには人はいないと。
 一人ぼっちの世界。
 人の欲望が自然ではないコトを思い知らされる。
 うなだれて涙する。
 僕の望みは綺麗事なのか?
 
 雑踏、せわしなく人が行き交っている。
 蹴飛ばされ踏みにじられてもなお光を放つ善意。
 手を伸ばして掬い取ろうにも、人の流れに阻まれる。
 誰か気付いてくれ。
 落ちても堕ちるコトのない善意。
 いくら光が弱々しくても見えないわけじゃない。
 
 ふと足を止めた小さな子供。
 しゃがんで見つめている。
 それが何か分からずにじっと見ている。
 気付いてくれ。
 
 パッと笑顔になった。
 両手で大事に掬い取るとそのまま駆けていった。
 ありがとう、小さな君。
 僕は救われたよ。
 まだまだこの世は捨てたもんじゃない。
 温かい光を放つそれを見せに行っている君。
 大人も素敵な笑顔を見せる。
 光はどんどん強くなって周りの色も一変した。
 僕の頬を一筋の涙がつたう。
 温かい空気を背に僕はそこを離れる。
 ここは大丈夫なようだから。

 この世界はボトルの中。
 何もかもが詰まっている。
 僕らはその底で生きている。
 誰もが沈んでもがいている。
 掴んだ壁はつるつるで滑り落ちる。
 窒息しかけては蘇る。
 闘いをやめて手を取り合う者もいる。
 足を引っ張る者もいる。
 沈むに任せる者もいる。
 僕の信念、人は善意で生きていくものだというコト。
 そう、生かされてるんだ。
 現実ではあまり実感するコトがないけれど。
 
 僕はその狭間にいて見守っている。
 現実を見ては信念は弱まり諦めたくもなる。 
 それでも信念は固持し続けている。
 打ちひしがれては弱まるけれど、それが全てではないというコトを知っているから。
 必ず誰かいるんだ。
 
 僕の闘いはまだ続く。
 ボトルの中の住人がいる限り。
 そして最後には何が残るのだろう。
作品名:ボトルの底 作家名:飛鳥川 葵