ボトルの底
うんざりするような長い、長い闘いの中で、息が詰まりそうになりながらも。
延々と続く闘い。
僕の信念と現実との闘い。
未だにその隔たりは大きい。
綺麗事が通用しないのは分かりきっている。
そんなのは僕も嫌いだ。
でも性善説を信じたい僕も居る。
誰でも美しい心を持っているのだと。
でも現実を見てみると疑ってしまう。
僕はおかげで酷く混乱する。
一人の小さな子供を見つけた。
通りで独りで静かに泣いていた。
周りには人がいるというのに、誰にも訴え出てはいなかった。
僕には悲痛に見えるのに、誰も助けようとはしなかった。
何故だろう?
不思議に思ってその子に近づいた。
しゃがんで顔を覗き込んでみた。
刹那、僕の心は引き裂かれた。
誰も手を差し伸べなかった理由。
人通りの多い方の頬は微笑んでいた。
己の真の心を読まれないようにと、この歳で。
現実がその子の心を蝕んでいるのは明らかだった。
ここには悪意が満ちている。
それだけとは思いたくはない。
でもあまりにも小さくて見落としてしまう。
素通りしてしまう。
当たり前の善意だからこそそうなのかもしれない。
誰も気づいていない、気にも留めない善意。
それが本来の姿なわけがない。
触れれば分かるのに、誰もそうしない。
誰もが木枯らしの中にいる。
襟を立てて身を縮めて早足で通り過ぎていく。
これが現実。
僕の中でまた何かが壊れていく。
僕の信念が揺らぐ。
どこもかしこもぬかるみ。
足を取ろうという悪意が見える。
確かなものが何も見えない。
だだっ広いぬかるみ。
それ以外に何もない。
何も生まれない。
ただずっとそこに悪意が渦巻いているだけ。
僕には地から手が出ているのが見える。
誰でも引きずり込もうという、主体性のない手が。
それ以外に目的もなく、当然のように存在意義も見出せず、虚ろに手をひらめかせている。
そんな世界、これが現実。
僕はむせび泣くしかない。
その嗚咽も虚ろに響く。
響くだけマシ。
温かい。
温もりを感じる。
僕が望んでいる温かさ。
何もかも穏やか。
とげとげしさも冷たさも痛さも感じない。
こんな時間がずっと続けばいい。
こんな空間がそこら中にあればいい。
でも気付いたんだ。
ここには人はいないと。
一人ぼっちの世界。
人の欲望が自然ではないコトを思い知らされる。
うなだれて涙する。
僕の望みは綺麗事なのか?
雑踏、せわしなく人が行き交っている。
蹴飛ばされ踏みにじられてもなお光を放つ善意。
手を伸ばして掬い取ろうにも、人の流れに阻まれる。
誰か気付いてくれ。
落ちても堕ちるコトのない善意。
いくら光が弱々しくても見えないわけじゃない。
ふと足を止めた小さな子供。
しゃがんで見つめている。
それが何か分からずにじっと見ている。
気付いてくれ。
パッと笑顔になった。
両手で大事に掬い取るとそのまま駆けていった。
ありがとう、小さな君。
僕は救われたよ。
まだまだこの世は捨てたもんじゃない。
温かい光を放つそれを見せに行っている君。
大人も素敵な笑顔を見せる。
光はどんどん強くなって周りの色も一変した。
僕の頬を一筋の涙がつたう。
温かい空気を背に僕はそこを離れる。
ここは大丈夫なようだから。
この世界はボトルの中。
何もかもが詰まっている。
僕らはその底で生きている。
誰もが沈んでもがいている。
掴んだ壁はつるつるで滑り落ちる。
窒息しかけては蘇る。
闘いをやめて手を取り合う者もいる。
足を引っ張る者もいる。
沈むに任せる者もいる。
僕の信念、人は善意で生きていくものだというコト。
そう、生かされてるんだ。
現実ではあまり実感するコトがないけれど。
僕はその狭間にいて見守っている。
現実を見ては信念は弱まり諦めたくもなる。
それでも信念は固持し続けている。
打ちひしがれては弱まるけれど、それが全てではないというコトを知っているから。
必ず誰かいるんだ。
僕の闘いはまだ続く。
ボトルの中の住人がいる限り。
そして最後には何が残るのだろう。