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トルムチルドレン

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 親に、俺の寿命は百二十歳に決められていると聞いたのは、小学校二年にあがった頃だった。
「百二十歳まで生きられるの。誰よりも長生きできるって事だから」
 頬をバラ色に染めた母親はそう言う。隣にいる父も、まんざらではなさそうだ。
 その頃は実感がなかった。「あ、そうなんだ」とか何とか、あやふやな返事をしたんだと思う。

 テレビで、トルチル百二十歳に突入した人が映し出されていた。顔中シワだらけのその男性は、「百二十歳まで生きられて良かった。自分の妻と子供をあの世へ送り出してやれた事が何より幸せだ」と彼は言った。
 本当にそうか? テレビ局に金でも握らされているのではないか? だって考えても見ろ、自分の妻と子供が、目の前で死んで行くんだぞ? 自分はトルムのお陰でまだまだ元気で生きられる事が保証されている。医療の力でどうにもならなくなった妻と子供が、息を引き取って行く瞬間をじっと見ている事しかできない。「俺もすぐに逝くから」そんな言葉も嘘になる。そんな人生って素晴らしい物なのか?
 俺はそのテレビ番組を、自分の部屋で見ていた。俺は高校の頃から友達と付き合うのが面倒になった。なるべく人と関わりたくなくなった。トルチルで百二十歳まで生きて行くのに、なるべく人と関わりたくなかった。関わった数だけ、その「死」を見て生きて行かなければならない。もうたくさんだ。
 高校はきちんと卒業した。しかし大学には行かず、働きもせず、部屋に閉じこもっている。所謂ニートってやつだ。親は、成績がそこそこ優秀だった俺に、大学に行くよう勧めたが、俺は断った。これ以上頭に何かを詰め込んだところで何になる。俺は自分の部屋で、自分の頭の中で、考えたい事があった。
 どうしたら簡単に死ねるか。どうしたらトルチルがいる世の中を変えられるか。
 百二十歳に設定され、癌にかかったトルチルが、尊厳死と言う名で医者に殺された事が報道された。いっその事俺も、薬剤で殺して欲しい。そう考えると、医学部や薬学部にでも入学しておくんだったなと、少し後悔をしなくもない。
 自殺を図った人の中には、中途半端に首つりなどをして、脳に後遺症を残したままで生きながらえている人がいる。あれは無様だ。まず人に見つかるような、「自宅」を選択したところで間違っている。
 誰か俺の首を、鉈のようなもので一気に切り落としてくれないかなぁ。俺が新選組の隊士だったら、真っ先に逃亡を企てて、三番隊隊長の斉藤一あたりに介錯をしてもらうんだが。ま、あれは鉈ではなく日本刀だ。
 とにかく、中途半端に誰かに助けてもらう事なく、死ねる方法。薬は無理だ。手に入れるのが困難だ。トルチルがインターネットで薬剤を入手して自殺をした例が一件起きてから、国の監視が厳しくなった。メールアカウントなどは確実に監視されている。断食も考えた。何も食わずにいればそのうち死ぬだろう。しかし俺はひきこもり。親が食事を作ってドアまで持ってくる。俺が食わずに死のうとすれば、きっと国に届け出るに決まっている。トルチルの自殺は禁止されているのだ。
 では、ウマい具合に他殺されるにはどうしたらいいだろうか。「このナイフで滅多刺しにしてください」そう言って引き受けてくれる人が万が一にもいたとして、きっと脅威の止血能力でがんがん止血して、健康体に戻るのだろう。おいおい、トルチルの肉体はどうなってるんだ。
 研究成果のため、設定された寿命で死ぬ事しか許されていないのだ。俺はどうしたら良いのだ。
 暫くぼんやり、天井を見つめた。頭にわいて出てきた方法は、一か八かの大ばくちというところだろうか。
 俺のために。そして望まないトルム配列を埋め込まれた同士のために。

 俺は何日か振りに風呂に入り、身を清めた。歯も磨いた。
「ちょっと出てくる」
 親と話すのは何ヶ月振りだろう。話すと言っても、一方的に声を掛けただけだが、親にとっては嬉しい事だろう。これが最期に聞く子供の声かも知れないのだ。
 俺は歩いて駅まで行くと、電車に乗って繁華街に出た。ホームセンターに立ち寄り、なるべく刃が長い包丁を買った。「用途は?」と訝し気に聞かれ「え、家庭用ですよ」と落ち着いて答える。
 俺はそれを持ってトイレに入った。包装用のプラスチックケースと紙でできた背板を捨てると、肩から下げていたトートバッグに入れた。しっかりした素材のトートバッグだったから、刃が飛び出す事はなかった。
 あとは繁華街に出るだけだった。目についた人間に刃を向けた。俺が歩く周りから人が逃げて行くが、逃げ場を失った人は俺が持つ包丁に吸い込まれた。
 目の前にカップルがいた。
「ちょっと待って、この人、トルチルなの! あと一年しか生きられないの!」
 俺はそのトルチル男性を除け、隣の女を刺した。
 そのうち警察の車両が到着したので俺は動きを止めた。あとは警察が言う通りに車両に乗った。

 これだけ殺せば死刑は確実だろう。俺はそう苦労せずに、トルムから抜け出す事ができる。

 面会に訪れた男には見覚えがあった。俺が刺さずに避けた男だった。
「どうも」
 男から発せられる言葉に俺は無言で会釈すると、その男の目の前に座る。
「彼女は一命を取り留めました。その、俺の事、刺さずにいてくれてありがとう」
 何も言えないまま俺は俯いた。何故あの時、この男を刺さないという選択をしたのだろう。見たところ、二十代後半といったところだ。寿命は三十か。
「歳は」
「二十九歳、寿命は三十です」
 当たった。
「もうプラマイ期間に入ってます。いつ死んでもおかしくないけど、彼女とあとどれぐらいか分からない日数を過ごせると思うと、幸せです」
 何故俺にそれを言うのか、分からなかった。まずこの男が、何故俺に会いにきたのかが分からなかった。
「もういいですか」
 俺は椅子から腰を上げようとすると「あ、ちょっと待って」と声が上がる。
「あの、あなたもトルチルなんですよね、百二十歳の」
 無言で頷く。
「死刑になりたくて、殺したんですか?」
 頷くのも無意味に思えて、頬杖をついたまま顔を逸らした。
「多分、死ねないですよ。トルチルだから。世論がどう言ったって、国はあなたを生かすと思いますよ。寿命まで到達してこそトルチルの役目が終わるんですから。今、テレビでは連日あなたの報道がなされています」
 その男は、怒りでも悲しみでもなく哀れみでもない、何の色も持たない瞳でじっと俺を見据えていた。
「じゃぁお前はどうすれば、俺が死ねると思う」
「誰もいないところでじっくりと首が絞まって行く事を噛み締めながら苦しみながら死んで行くか、誰もいないところで何も食わずにじっとして死んで行くか、それぐらいしか思いつきませんね。ま、私はもうすぐ死ぬから関係ないですけど」
 そして腰を上げ、去って行った。
 規則ただしく一日置きに、そいつは現れた。マスコミの情報を俺に教えてくれた。
 世論は二分しているらしい。五人もの人間を無意味に殺しておいて、死刑にしないのがおかしいという一派と、死刑にするのは俺の望み通りにすると言う事だし、税金からまかなわれた金でトルチルになっているのだから、殺すのはおかしいという一派。
作品名:トルムチルドレン 作家名:はち