Horizon
ここは夢の中なんだな、と自覚した。
一歩動くと、先程とまったく変わらない、けれど先程とは確実に違う地平線が見えた。今度は一歩、うしろにさがった。しかしこれはもしかすると、先程の先程とはまた違う景色なのかもしれない。
夢の中にはなにもなかった。ただただそこに地面があり、遥か遠くに空気とふれる地平線があるだけだった。
地平線があるだけだった。
目が覚めると、布団の中にいた。足を動かすと、今まで人肌にふれられていなかった部分にふれてしまった。ひやり。布団があたたかいのではない。わたしがいなければ、何もあたためられない。かわいそうな布団。……わたしでなければならないなんてこと、ひとつもないけれど。
そんな布団を見限って、靴下を履くことを選んだ。セーラー服に、袖を通す。
似たような夢を見た。
海の上を歩く夢。足の裏は、あたたかい。きっとこの下には珊瑚があったりするのだろう。小さな魚が泳いでいるのだろう。
ひょいと足元を蹴ると、そのまま、泳ぐような感覚で上へ昇った。
水平線は、わたしを歓迎するように広がった。
目が覚めると、教室の中だった。しゃがれかけた男の声が耳にやんわり飛び込んだ。握った記憶のないペンは、ノートを一点、赤くしていた。
「民主主義」
先生の声にしたがって、ノートには、たった四文字。「民主主義」とだけ書いておいた。
また、夢を見た。
きっとここは雲の上。わたし以外何もない場所。果ても明日もない場所。全ての概念から解き放たれた、なんの満足感もない場所。
地平線が恋しくなった。
その途端わたしはストンと下に落ちていて、いつだったか見た夢の時と似たような場所にいた。ただしそこには先客がいて、わたしの学校とは違うセーラー服の少女が、にっこり笑っていた。
「こんにちは」
少女は笑っていた。なのでわたしも笑い返した。
「こんにちは」
「この地平線、素敵だね。なんにもないから、素敵だね。わたしだけのものだよ」
少女は、何も知らないのだろう。ここには、何もないわけではないということ。わたしは、そのくせ勘違いしてしまいそうになることを知っている。
なのにどこか、似ていると感じた。
「そうだね。じゃあ、この地平線はわたしのもの」
少女は口をとがらせ地面をさらりと蹴った。
「今、わたしのものって言ったのに」
「そこに立っているあなたには、あなただけの地平線が見えているでしょ。それは間違いなく、あなただけのものよ。でもここに立っているわたしは、わたしだけの地平線を持ってるわ。きっとそうよ」
少女はほう、と溜息をつき、わたしのほうをきれいな目で見た。
優位に立てたようで、なによりなにより。
目が覚めると、布団の中にいた。いつものように布団に別れを告げ、すっかり肌に馴染んだ束縛感を身にまとい、制鞄を手にした。
「いってきます」
周りは背の高い箱に囲まれていた。足元には、アスファルト。
そこにはなにもかもが存在しているようにも思えたが、なにやらさみしくて我慢ならなかった。