ひろみ。
薄眼を開けて、右側のベッドサイドのデジタルクロックに目をやると、まだ、AM6:00。
左側には、ひろみが、私の胸に頬を寄せ、腕枕の中で軽い寝息を立てている。
窓は真っ白に結露している冬の朝。
ひろみを起こさない様に、そっと腕枕を外し、ガウンを纏ってベッドを下りる。
室内は冷え切っている。
ファンヒーターのスイッチを入れ、サイドボードの煙草を咥え、火を付ける。
---出会って3年、か---
窓際に立ち、改めて、まだ、夢の中にいるベッドのひろみを眺める。
布団の中は、一糸纏わぬ姿。
すらっとした肢体、ボブカットで、35歳にしてはあどけなく端正な顔、少しばかり舌足らずな声---。
---もっと自然体になったら?---
単身赴任で来た福岡・博多。
3年前、東京での出世競争に見切りをつけ、私が選んだ街。
中洲で出会ったひろみが最初に言った言葉が蘇る。
確かに、その頃の私は、心身共に疲れ切っていながらも、まだ、気を張っっていたのだろう。
何度か、同伴やアフターを重ね、当然の様にベッドに誘った。
---まだ、駄目。---
---何故?---
---ちゃんと、恋愛にしたいの。もっと、あなたを知りたいし、もっと、私を知って欲しいの---
ひろみの言葉には、妙に説得力があり、納得してしまった私。
それからは、若い恋人達の様に、週末にはランチを共にし、話題作のロードショーを観て、カラオケボックスで歌い明かす、といったデートを続け、気が付いてみると、私は心身共に元気を取り戻していた。
---そろそろ、リハビリ完了だな?---
先週、急遽呼び出された本社で、かつての上司だった常務が、私の福岡生活の終わりを匂わせた。
---そう---とうとう、なのね---
いつものショットバーで、ひろみが呟いた。
ふと彼女の顔に眼をやると、一筋の涙。
---行こうか?---
軽く頷くひろみの肩を抱き、バーを出る。
無言でタクシーを止め、いつもの様にひろみを送ろうとしたところ、思いの外強い力で私の腕を離さず、呟く。
---いや---連れてって---
---おはよう---早いのね---
ひろみが目を覚ました。
私は心に決めた。
出世より、ひろみとの新しい関係を選ぼう、と---。
---おはよう---好きだよ、ひろみ---
私はガウンを脱ぎ、再びベッドの中へ身体を滑り込ませた。