天龍___双龍の牙
『我、再び目覚めん』
その言葉のままに、今も龍は睡っていると云う。
※※※※※※
「しかし、困りましたな…」
溜息交じりに男は零した。場所は王宮西の一室、他にも何人か顔を付き合わせ、似たような表情をしていた。
「四家の上都が途絶えて一年、未だ上都を拒んでおられるとか。いくら特別だとは云え、このままでは朝廷の権威は益々軽んじられましょうぞ」
「だが、相手は四家ですぞ。臥龍建国以来、四方の要を護る彼らの意志の固さは皆御存知ではござらぬか」
「いやいや、そうとも限りますまい。事は一つを陥せば簡単かも知れませぬぞ。筆頭守護家・蒼(そう)家(け)を」
「馬鹿な…、あの蒼(そう)王(おう)さまが陥ちるとお思いか…?そもそも拒んでいるのはその蒼王さまご本人ですぞ」
「それができるかも知れませんぞ。そうでしたな?」
男が同意を求めた先に、一人の貴婦人が座っていた。
「ええ。妾が蒼王の首を縦に振らせましょう」
婦人は、団扇の陰で朱唇をニヤリと吊り上げた。
彼らは朝廷でも名だたる重臣であり、その中でその婦人は圧倒的権力を示していた。故にこの件は一任され、重臣達は各々散っていった。
残ったのは彼女と、彼女を信頼する男一人である。
「ああ云いましたが、本当に大丈夫なのでしょうな?怜(れい)姫(き)さま」
「ほほほ、心配いらぬ。妾とて、このままでよいとは思うておらぬゆえの。入って来るがよい、宏(こう)祐(ゆう)」
「はい、叔母上さま」
「怜姫さま…こ、これは…」
「妾のもう一人の甥じゃ。幼い頃から可愛がっておる」
「まさか…」
「それによく云う事を聞く…クックック」
怜姫と呼ばれた婦人は、自身の企てと隣の甥に満足げに笑んだ。
その甥・宏祐は一切の表情を変えることなく、虚ろな視線を向けていた。
臥龍建国より千年___李家が覇権を握り王朝が立って百年。その王都の四方に、四家と呼ばれる大貴族がいる。
彼らは王を名乗る事を、臥龍最初の覇王から許され、東西南北の守護を任された。
南に紅(こう)家(け)、西に白(はく)家(け)、北に黒(こく)家(け)、そしてその三家の筆頭、東の蒼家である。
その当主が王を名乗っているのだが、中でも蒼家当主・蒼王の力は東に位置しているとはいえ、今も中央に何らかしらの影響を与えていた。
故に重臣達が危惧するのは無理はなかったのである。
そんな中で、もう一つの事が起きようとしていた。
___またか…。
男は、目の前のものに嘆息した。
「しつこい奴らだな。答えは否だ、そうお前の主に伝えろ」
相手は黙っていた。頭巾を深く被り、覗いた目は明らかに敵意を示していた。
「返事はもう必要ございません。我が主は貴方様の首をご所望故…。蒼(そう)清(せい)雅(が)さま」
「ふん。そう来たか」
背まで届く髪を乱暴に掻き上げ、男はその主が誰かすぐに理解った。自分の命を欲しがる者はこの世に少なくとも二人いた。
兇(きよう)手(しゆ)は数人いた。
だが男にとって、数は問題ではなかった。何処にいてもつきまとう血の運命に、今さながらに扱いに困惑している。
蒼家当主となる以前から、云われた事がある。
蒼家は、特別なのだと。
「___いえ、正確には蒼王さまでしょう。その才なければ彼らを束ねる事もできませぬ故。もしあの方のされるままになれば、この国は千年前に戻りましょう」
未だ子供だった清雅に、蒼家の重鎮である男とそう説いたのである。
そして彼らとは、蒼王が千年前から束ねる龍の事を云う。
千年前、地に降りたと云う黄金の龍『天龍』。その後孫は地龍として人の姿で今もこの地にいる。何れ目覚めるとされる天龍を護る為に。
蒼家はその後孫の中でも、最も天龍直系、初代覇王・陵牙王の流れを組む家計なのである。
兇手を放った主は、当時暗躍した人物で間違いと確信した。
「そんなに欲しいなら獲ってみるんだな」
蒼くユラユラ上る光を背に、清雅は剣を抜いた。
___我、再び目覚めん。我が牙を抜きし者の身に。