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月夜のバンパイア

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興奮する夜だ。一般的には熱帯夜とでもいうのだろう。自分が一番好きな時期でもある。空調を入れなければ、寝付けない様な日。絶妙な湿度を絡まして、月からも熱を感じるような夜。なぜだか、骨の髄から命がみなぎってくる。この昂る感情は、教育などではなく、先祖のDNAが創っていることだろう。さて、こんな夜に最も本能的に活動する職業とはなんだろう。露天商・水商売・はたまた泥棒。いやいや違うね。

 それらはすべて俺たちの歴史から見れば浅く洗練されたとはいえいない。全てがまだ教育的でDNAにはなってはいない。乳離れした子供達が自然にはしない事だろう。全ての生物は乳離れした後、自ら食っていかなければならない。俺達だって例外ではない。しかし仕事をして、食料を貨幣と交換するような、面倒な手続きはやらない。なぜなら俺達の食料は人間社会では違法なことで相容れる事ではない。

 俺達は「生血」を吸う。遠い昔、ワイングラス片手に、ルネサンスを祝ってた、貴族が俺達の事を、こう呼んでたっけ。バンパイアと。

 太陽は沈み、世の中が美しい暗闇で、構成されているのを知る頃、俺は目覚める。有名な話だから教えてやる。俺達は太陽が苦手だ。そのため光が遮った場所を好み、体を休めている。しかし、俺達の種族の中でも変わり種もいるらしい。伝え聞いた話だが、昼夜かまわず目覚め、日が沈まない内から活動している者もいるみたいだ。そいつらは、多くは集団で活動している。そして、人や動物の香りを嗅いでは取り囲み、生き血を吸い上げているという。

 ひょっとすると、そいつらは外国の者かもしれない。日本のバンパイアはそんな事はしない。大勢で個人を攻撃するような文化は根づいていない。また多くの者が絡めば絡むほど問題はややこしくなる。明日も変わらず吸血できるように、派手な行動は避け抵抗勢力を増やすことなく明日も静かに食料を頂く。それが日本の吸血鬼というものだろう。 

 今日もいつも見る夢で目が覚めた。最近、おかしな夢をよく見る。水の中を浮かばず沈まずの状態で緩やかな流れの中にいる。時折、体を大きく動かしたり、闇の方へ潜ろうとするのだが、状況は変わる事なく、どこに行くかも分からない流れの中にいるという夢だ。苦しいなどという感覚もない。そんな経験をした憶えはないが、なぜが懐かしくデジャビュしたような感覚になる。輪廻転生など全く信じてないが、もしかすると死ぬ間際に味わった事なのかなと考えたりする。そんな中でいつも通り腹が空いているのに気付く。体の細胞が血液を要求してくる。昂る感情を抑えきれずに、俺は廃屋から街中に飛び立った。

 通りの街中には、多くの人が行き交っていた。俺は駅裏にあるいつもの公園に行った。公園には誰もいない。小さな公園で、中心部分には申し訳ない程度の噴水があり、壊れた外灯が一つに、年季の入ったベンチが三台、そして周回には鬱蒼と木々が茂っている。俺はベンチの背面にある木々の闇の中で獲物を待った。ベンチに座った獲物を背後から襲えるからだ。

 最近、似合わず哲学めいた事を考えたりする。獲物から血を奪う時に察知されるべきか、それとも何の心構えも、もたさずにいきなり襲うかだ。そんな中で俺はある交通事故をみて答えをだした。いつも通り公園に向かっていると、大きな音とともに若い男の運転する車が、老年の女性を車で撥ねた。背後からの事故で老年の女性は予期していなかっただろう。即死だったらしい。人の尊厳については、よく分からないが、その女性は、とても安らかな顔をしていた。

 待機して2,3時間たった頃だろうか。ようやく前のベンチに、一組のカップルが腰を降ろした。じっくり観察する。20代前半で会話の内容からすると、二人は恋人らしい。月明かりを浴び甘美な声で将来について語っている。そして背後の俺を感じる事もなく、最後はどちらが相手を看取るのかなどを冗談半分に話している。男は照れた笑みを浮かべながら女に質問をしている。
 「それは、里香に任せるよ。君の望み通りにするよ。君が悲しまない方を選んでよ。僕は男らしくそれを達成する。」
 里香と呼ばれる女性は、自分がこんなに愛されているのが、嬉しくて生きている喜びを感じてる様子だった。潤んだ目は、瞳孔が大きくなり、最大の恋愛レーザービームを、男に送っていた。そして、口を開いた。
 「そんなの決められないよ。どっちにしたって、とても悲しい事だよ。考えられないよ。」
 「じゃあ、どうしようかな。とりあえず結論はまた次回で。お互い長生きしようね。」
 男が話題を締めくくった様子だった。

 しばらく眺めていたが、お互い恋愛レーザービームを最高にして、見つめ合っている。結論は無しだな。しかし、どう答えようが俺には、応える気持は全くない。人の尊厳というのが、よく解らないからだ。ただ旨そうな獲物に、食い付くだけだ。

 ようやく目当ての向かい風が吹いてきた。ベンチに座っている、男女の香りを、嗅覚を研ぎ澄まして嗅ぐ。俺達、種族が嫌いなモノの香りが無いか、嗅ぎわける。旨そうな匂いだけだ。秘密事なので、モノについては明かせないが、最近は無臭のモノも出回っているみたいだ。おの匂いも大嫌いだが、どうやら匂いだけではなく、別の成分に俺達は、やられてしまうらしい。一度、モノにやられた事がある。

 全身が痺れ出し、平衡感覚を失った。地に足をつけてるはずだが、飛んでるような転がり落ちているような、変な感覚が長時間続いた。生まれて初めて自分が、生物であることが解った。その中で苦しさや、絶命の危機を、体に強く植えつけられた。もうあんな経験は真っ平だ。しばらく風を浴びていたが、嫌な匂いは無く、感覚を鋭く探っても、少しの痺れも感じられない。この獲物達は何も恐れるモノはもっていない。体から溢れんばかりの食欲が襲ってくる。

 俺は茂みの中から、飛び出し直線的に女の首を狙った。そして肌の温かみを感じることもせず、首の毛細血管に針を刺した。ゆっくりと血を吸い上げる。その時だった、かなりのスピードで壁のようなものが迫ってきた。おれの体が爆ぜた。何も見えない、薄れた意識の中で、最後の声をきいた。
 「いきなり、叩くなんてどういう事。」
 女が怒声をだしている。
 「君の首に蚊が止まっていたんだよ。」
 男が釈明した。
 「それでも、叩くなんて酷いじゃない。もう別れましょう。」


 エピローグ 
 ベンチ裏の茂みに潜んでいると、二人の男がやってきた。別の場所に潜んでいた仲間が飛んで行った。
 「こんな外で漫才をやるのか、虫にでも刺されたらどうするんだよ」 
 痩せた男が不満を口に出している。しぶしぶ連れられてきた感じだ。
 「大丈夫だよ。僕達の中世ヨーロッパ調のコスチュームなら隙がないさ」
 ふくよかな男が答えた。
 「ちょっと待て、早速、首が痒いぞ。」 
 痩せた男が首を手で触っている。
 「やっぱり噛まれているじゃないか。腫れてるよ。」
 言いながら腹立ち気味に首を掻いた。
 「月口君、ちょっと首みせて。」
 ふくよかな男が噛まれた跡をみている。
 「これ、バンパイアにやられた跡じゃないか。月口君、意識はあるか」
 ふくよかな男が、痩せた男の体を揺すりだした。
作品名:月夜のバンパイア 作家名:トレジャー