お年玉
お年玉
正月の二日の午後だった。書棚から取り出した本に、一万円紙幣が五枚も挟まれていたので北原哲也は喜んだ。年末に家賃とアパートの更新の費用を支払ったので、電気料金やプロバイダーへの支払いが難しくなっていたからだった。
だが、その本にそれほどの金を挟んだ記憶はない。余裕があるときに本に挟んでおくのは、以前からやっていたことだった。そうしておくと突然臨時収入が舞い込んだような、嬉しい気持ちになる。だからよくそういうことをしていた。三万円までは挟んだことがあるが、五万円は記憶になかった。
北原は電器店へ行き、安いデジカメを買った。一年前に発売されたもので、画質は良いが最新型ではないために格安だった。喫茶店でコーヒーを飲みながら取り扱い説明書を見ているうちに、南美海と初詣に行ったことを思い出した。
元旦の午後、彼女は北原の住まいに寄った。初詣のとき、神社でなぜ記念撮影をしてくれなかったのかと云った。せっかく新幹線で会いに来たのにと、彼女は北原に不平を云った。デジカメが壊れたのだから仕方がないと、彼は云った。
本に挟まれていた五万円は美海が北原にくれたお年玉だったのだと、漸く気づいた。
「もしもし美海ちゃん?」
「てっちゃん何?」
「五万円、ありがとう」
「気がついた?」
「デジカメ買った」
「もう遅いよ。来年はちゃんと撮ってね」
「うん。桜が咲いたら、撮りたいね。三脚を買っておくよ」
「ほかの本にも挟んだことあるよ」
「……お金を?」
「そうよ。何回かあるよ。てっちゃんがトイレに行ったり、買い物に出たとき」
「知らなかったな。本を売ったら大損だな」
「えっ?!売ったことあるの?」
「ないけど……でも、どうしてそんなことを?」
「あなた、いつも余裕ないでしょ。そのくせ渡そうとすると断るじゃない」
「カッコ悪いからさ。女からもらうのは」
「気にしないでね。返さなくていいんだよ。もしも結婚したら、百倍にして返してもらうから」
「結婚か。そういうこと、云ったことないね」
「早く云わないと、ほかの誰かと結ばれちゃうよ」
「いる?そういう相手」
「いないから新幹線で逢いに行ってるんでしょ」
「そうだよね……今の会社、給料やすいからなぁ。ほかへ移るか」
「気に入った仕事なんでしょ。わたしのために嫌な仕事させるのはヤダ」
「美海ちゃんが人妻になったら、俺、死ぬ」
「ばかねえ。そこまで云われたら……」
美海が泣いているのが判った。北原の胸にも熱いものが湧き、まぶたから涙が溢れ出した。
帰宅して書棚の本を調べると、大量の紙幣が現れた。北原は今年中に美海と結婚しようと思った。
了