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彼女が焼いた僕の世界

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ラブレターを書いた。
17歳の若き恋を、ただつらつらと書いた恥の雑音だ。
君の髪が好きだ。声が好きだ。顔が好きだ。その細い足を掴みたい。しなやかな腕を噛んでやりたい。執拗に首を舐めて、閉じた瞼にキスをしよう。
40度の高熱じみた下劣な想いを、僕は目の前の便せんに綴る。

目の前の文字の群れは、阿呆みたいにぞろぞろと増える。
紙が一枚では足りなくなって、二枚目をパッドから引きちぎる。
三枚、四枚、十枚、二十枚、五十枚。
やがて紙が無くなって、僕は机にサラサの0.5ミリを走らせる。
白い机は真っ黒になり、僕は壁へと手を伸ばした。
画鋲の穴だらけのぼろっちい壁は、愛を綴るに丁度いい画用紙だ。
裏地が真っ白なチラシを見つけた時の4歳児の様な形相で
僕は白い壁紙に君への思いを綴り続けた。
子供は三人だ。男の子が二人と女の子が一人。
僕の両親と君の両親を呼んでみんなで暮らそうよ。
晴れた日は公園でお弁当を食べよう。
君は僕が好きだから、僕の好きなシャケと梅干のおにぎりを何も言わなくたって作ってくれるんだ。
末の女の子が、間違えて梅のおにぎりを食べて涙をこぼしている。
君は娘を抱き上げて、優しい笑顔で大丈夫よ、さあお茶を飲んで、種は堅いからぺっしちゃいなさいなんて言うんだ。
その笑顔を、その穏やかな声をさあ今の僕に向けておくれよ。

いつまでも書いて、どこまでも書いた。
ペンは何時の間にやらヘシ折れたから、僕は自分の血で文字を綴り続けた。赤い血文字はしまいに乾いて真っ黒になって
ペンの黒と血の黒で僕の部屋はみるみる黒くなる。
壁という壁が真っ黒になってしまった部屋で、僕はあっけにとられる。
どうしよう、僕の想いを書く場所がなくなってしまった。
こんな少ない文字数では、到底君に好きって伝えられないんだ。
辺りを見渡して、爪が潰れてこびりついた血で真っ黒になった自分の手を見て、ひらめいた。
僕は空いた片手に文字を書き始めた。
君が病気になったら、僕は毎日花束を持ってお見舞いに行くよ。
真っ白で味気ない病室を、ピンクと赤とオレンジの花で埋め尽くしてあげる。
まぶしいくらいの極彩色の花の中で困って笑う君は、きっととても可愛いから。
病気だってその笑顔に裸足で逃げ出すよ。
薄いピンクの暖かみある頬で、僕の帰りを君は待つ。
やわらかい髪が揺れて、ばら色の薄い唇で、ただ一言おかえりなさいと君は言う。

とめどない想いで、どんどん腕が、足が、首が、目玉が、埋め尽くされ
やがて爪の先から頭の天辺までが文字で埋まったころ
真っ黒な部屋で、真っ黒の僕は、自分がどこにいるのかさえ分からなくなって、真っ黒になってしまった。

「違うよ。僕は、こんなのじゃまだ足りないんだ。誰か書くものを、ちょうだい」

真っ黒な僕は今でも真っ黒な部屋で、文字を綴る何かを探している。
便せんに代わる何かは、未だに見つかっていないから
僕は今でも君に想いを伝えられない。



END







作品名:彼女が焼いた僕の世界 作家名:藤亜