時は動き出した
さらにその顔を曇らせ、俯いてしまった。
「そんなもんかな、恵の意見って」
「へ?」
「何でもない。そろそろ布団敷くか」
前回と同じように、二組の布団が敷かれた。前回と同じように横並びで歯磨きをした。
真吾の左側の布団に入ると、ふかふかの白い布団は、以前よりも少し香水の匂いが薄れていた。時間の経過をうかがわせる。
付き合っちゃえばいい、そんな風に言ったけれど、真吾が離れていくのが怖かった。
「ねぇ、私の一生のお願いの、二回あるうちの一回を使わせてもらってもいい?」
電気を消した暗い部屋の中で私は天井に向かってそう言った。
「良かった。俺はもう残り一回だから、使わずに済みそうだな」
私が布団から右手を出すと、彼は左手を伸ばして握った。暖かさが、身体に伝わる。穏やかな眠気が私を誘う。
今日は真吾より私の方が、先に眠りについてしまう、そう思った。
スマートフォンのアラーム音で目が覚めた。
真吾もその音で目を瞬かせたが、「いいから、寝てて」と言うと、再び眠りへと入って行った。
私は昨日来ていた服に着替え、歯磨きだけを済ませた。化粧なんて別にいい。
部屋を出ようとして気づいた。鍵、閉められないや。
再び和室に戻り「真吾」と声を掛けると「んー」と大きく伸びをして上半身を起こした。
「起こしてごめん、鍵、閉めてくれるかなぁ?」
「あぁ、別に開けっ放しでも良かったのに」
首の後ろをぼりぼりと掻きながら玄関まで歩き、眠そうな顔で「応援してんからね」と言ってくれた。
昨日よりは幾分ハリを取り戻した顔で「ありがとう。よく眠れたし、頑張れそう」と言い、「じゃぁ」とドアを閉めた。鍵が掛かる音がした。